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 2007年07月 

ships #05 

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「都の環境整備計画に伴い、数社による指名プレゼンが実施されることになった。我が社も全力でこれに臨むものとする」
 新しいプロジェクトの発表は、会社全体に大きなインパクトをもたらした。
 安里達が務めるRSC企画─Real Simple Creation Project Co,.Ltd─では、主に広告制作を扱っている。国内主要都市に支社があり、ここ東京に本社を置く全国展開の典型的なパターンで、従業員数からいっても中小企業から少し抜きん出ている程度。それが突然の大抜擢を受け、大手広告代理店と肩を並べての指名プレゼンに誰もが社運を掛けたビックプロジェクトになるだろうと喉を鳴らした。
 勝てば官軍の競争相手に重役達が腰を引く中、他人事のように遠巻きにしていた安里は何故か部長に呼び出され、理解し難い任務を押し付けられる羽目になる。
「……安里くん、戦略からのご指名だ」
 それはつまり、プロジェクトマネージャーを務める戦略マネジメント開発部からのありがたい引き抜きというわけだが、彼らが安里が所属する法務部の実態を詳細に把握しているとは思えなかったし、ましてや途中入社で賞歴もない自分を指名してくる理由が分からなかった。
「関係各部門からメンバーが選出される。難しく考えなくていいぞ」
「でも大きい仕事、ですよね……?」
「あぁ。失敗したら軽く首が飛ぶくらいにはな」
「……ハ、ハハ……」
 嬉しくない。これでは白羽の矢が立つどころか、生け贄そのものではなかろうか。
 頬を引きつらせたまま渇いた笑いを漏らしていた安里だったが、嫌な予感が的中したのはその僅か30分後。社内放送で強制的に招集させられた最初のミーティング、会場に一歩足を踏み入れるなり絶句した。
「───!」
 なんでどうしてよりにもよって。
 会議室中央、真っ白なプロジェクタスクリーンを背に座っている人物こそ、一緒に仕事をしたくないと拳を握った水瀬その人だった。
 早々に到着していたのだろう、黒い革張りのソファに臆することなく身を預け、テーブルの上で軽く組んだ指先が実にスマートな印象を与える。年齢的には5歳も離れていないだろうに、既に風格さえ漂わせている戦略のエリートを仰ぎ見ながら、安里はようやくのことで息を吐き出した。気圧されるなと言い聞かせるだけで精一杯なほど、隙のない威圧感に言葉をなくしていた。
「本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」
 全員が着席したのを見計らい、水瀬が静かに立ち上がる。
「戦略マネジメント開発部の水瀬悠人です。これより社長直下のプロジェクトリーダーとして、この計画を推進させていただきます」
 凛とした声。
 メンバーを順に見渡していた視線がふと、安里の上で止まった。目を見返すのはこれで3度目。こんなに近くで目を合わせるのは初めてだった。
 いつもは細いフレームに囲まれたガラスがその表情を隠すのだけれど、明るい日差しが差し込む会議室に遮るものは何もない。光の加減か、明るみを帯びた焦げ茶の瞳が横に、すい、と細められた。
 ───え……?
 何かを堪えているように見えて。
 けれど、次の瞬間を許されることはなく、眼鏡の奥の双眸は感情を殺して眉を寄せる。睨まれているのだと気付いた時にはまたも目を逸らされ、入れ替わり立ち替わりの自己紹介を上滑りしながら聞くしかなかった。
「法務部の、安里和樹です」
 メンバー全員への自己紹介。
 中央にいる水瀬への宣戦布告。
 今やまったく安里の方を見ようとしないプロジェクトリーダーは手元の資料について淡々と説明を行うばかりで、つい今し方の迷うような視線などなかったことにしてしまった。それが何故か悔しくて、目を逸らされたことが腹立たしくて、安里は、知らない場所に置いて行かれた子供のように沸き上がる焦燥感をどうすることも出来ないでいる。
 これは挑発かも知れない。
 けれど売られた喧嘩を買わないほど野暮じゃない。
 ゴクリ、と喉が鳴った。久しぶりの高揚感に心臓が早鐘を打つ。人を値踏みするのなら仕事を見てからにしろと心の中で啖呵を切り、静かに闘志を燃やす横顔には、プロジェクトの失敗を恐れていた頃の面影は既になく、ひとりの男としての意地がすべてを支配していた。

 一緒にやりたくない相手を、俺は仕事で見返してやる───。

 仕組まれた運命。
 歯車は少しずつ回り始めていた。

ships#06 に続く