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 2007年07月 

ships #11 

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 それからの3年間、心の空洞を埋めるように安里は短い恋ばかりを繰り返した。
 身を削る恋愛を怖がり、身体だけの関係に傷を広げ、馬鹿げたことだと分かっているのにどうすることも出来ないでいる。無性に喉が渇いていた。この渇きを癒してくれるものなら何でもよかった。たとえばそれが一夜限りの愛であっても、安里に断る理由はなかった。
 憑かれたように刺激だけを求め続ける心は瞬く間に荒んでゆく。ボロボロに擦り切れた魂は、もはやコウでさえ手に負えなかった。
 あの人が叱ってくれなかったら───。
 懐かしい面影をなぞっていたその時、ポン、と頭に手を置かれる。驚いて顔を上げるとそこには思い描いていた人物が穏やかな笑みを浮かべ立っていた。
「……梶原さん……」
「アサト。来てたのか」
「こんばんは。お久しぶりです」
 オーナーである梶原はいつも通りのんびり頷くと、カウンターの向こうで煙草に火を点ける。お気に入りの鈍色のジッポがいい音を立て、オイルの匂いが鼻腔を突いた。深々と一息吐き出したのも束の間、こんな狭いトコで吸ったらアタシ焦げちゃうでしょ、とコウに叱られ苦笑している。まったく変わらないふたりの遣り取りが嬉しくて、安里もまた眉を下げた。
 そう、こんな風に穏やかな人が、あの時だけは厳しく叱ってくれたのだった。
 安里が危ない恋愛の仕方しか出来なくなっていることを気に掛け、折に触れ忠告をしてくれたのが梶原だった。コウが日々の世話焼きなのだとしたら、梶原はここぞという時に短い言葉をくれる。今や数少なくなった古き良き日本の父親像を自分は彼にダブらせていた。
 身も心も疲れ切り、もうすべてがどうでもいいのだと酒に酔った勢いでぶち撒けた時、梶原は最後まで黙って聞いてくれた。そうしてポツリと告げられた言葉に、安里は愕然とした。

 ──おまえはここから出なきゃいけない。

 行く当てもない自分を追い出すのかと見返した瞳、梶原の目もまた痛みに揺れているのを見て、安里は初めて自分の行動を省みた。
 自分を偽らずにいられる場所で生きることは楽だけれど、その中に閉じ籠もるのは世間から逃げていることとも等しい。だから社会の荒波に揉まれ、時に心ない言動に傷付きながらも自己を確立し、生きる訓練をしながら傷付いた心を癒すようにと梶原は静かに諭したのだ。

 ──ここはおまえの帰る場所だ。
   悲しいことがあったら、いつでも帰っておいで。

  雛を巣立たせる親鳥は伊達にこの世界で長く生きていない。梶原は、安里がこの先出会すであろう想像以上のキツさをよく分かっていた。だからこそシェルターになると告げる。それがあるだけで立ち向かえると信じている。

 ──いいかアサト。おまえの人生の主役はおまえだけだ。
   舞台の真ん中で、踏ん張りなさい。

 この言葉がその後どれほど自分を支えたか分からない。挫けそうになるたび梶原を、コウを思い出し、自分は現実と戦い続けることが出来たのだと思う。
 背中を押してくれた想いを胸に安里は社会人になる決意をし、資格を取って会社に入り、そして今に至る。怒濤の日々はこれまでのどれとも比べることが出来ないほど濃密で、だからこそ今の自分があるのだと思えた。
「……グラスが空いてるな」
 ひょい、とカウンターから手が延びる。オーダーを取るでもなく梶原は銜え煙草でグラスに氷を入れ、ウーロン茶を注いでくれた。
「おかわりでよかったのに」
「明日も仕事があるだろう」
 そう言ってニッと笑う。かつての雇い主である顔ではなく、同じく仕事を持つ人間として自分を見てくれたことに、安里は胸が熱くなった。
 だから報告をと口を開く。本来企業秘密ではあるのだけれど、今自分が関わっているプロジェクトのこと、仕事仲間のこと、いろいろなものを抱えながらも日々頑張っていることを、かつて自分を甦らせ、今も尚支えてくれる梶原にありのままを伝えたかった。
「梶原さん。仕事の話、してもいい? ───俺、頑張ってるから」

ships#12 に続く