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 2007年07月 

ships #12 

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 季節は一直線に夏へと向かっていた。
 日々の仕事に加えてプロジェクト業務を併走させる安里は相変わらずフル残業の毎日で、週末ともなればベッドから出られないほど疲れていたが、それ以上に今自分が携わっている仕事の大きさを自覚し、また古い仲間の後押しによってかつてないほど気持ちが充実しているのが分かる。日々変化し続ける状況に臨機応変に対応しながら、そんな自分が誇らしくて、より高みを目指そうと頑張れる。すべてが順調だった。

 長丁場となるプロジェクトは全体での方針決定を受け、各部署がそれぞれ本格的に動き始めている。週に2度の全体ミーティングも進捗報告が中心となり、中央で指揮を執る水瀬は全体把握と対処の指示を出すことが多くなった。
 それをいつもの席から見守りながら、安里はしみじみと事の顛末を噛み締める。見渡す顔ぶれからはこれがエリート集団と断言しても差し支えがない。そこに自分が混じっていることに未だ違和感が拭えないのも無理なかった。
 本社採用で叩き上げられた周囲と違い、安里は途中入社組である。
 これまではこんなプロジェクトどころか何かの担当をひとりで任されることもなかった。そもそも法務部という性質柄、契約や商標に絡むことはあってもメンバーとして迎えられることは滅多にない。それが今回は社長直属の大仕事に抜擢され、各部署の選りすぐり達と肩を並べて仕事をするのだ。これ以上緊張を強いられ、またそれと同じだけワクワクすることはなかった。
 まずはプロジェクトが成功することだけを考えて───。
「では次回、木曜に」
 会議終了と同時に広がるざわめきで我に返った安里が顔を上げると、その先には水瀬がいた。
 初対面時に最低ランクをマークした評価は、同じプロジェクトに携わるようになり、その仕事ぶりから一旦保留に収まっている。以前のような藪睨みを控えているのか、今は落ち着いた表情を浮かべていた。だが事あるごとに目を合わせ、睨み返していた安里には僅かな違いも見て取れる──疲労が溜まっているのだと。
「水瀬さん、お疲れさまでした」
「……あぁ」
 思えば、これが初めて彼の名前を呼んだ瞬間かも知れない。敵対心を剥き出しにしていた頃は想像も付かなかったけれど、越えてみれば壁はひどく低かったのだと気付かされる。
「顔色あまりよくないですね。寝てますか」
 思い掛けない問い掛けに眼鏡の奥の目が開いた。だがすぐに元のポーカーフェイスを取り戻す。小さな溜息と共に吐き出されたセリフは予想通りの答えだった。
「君も残業続きだろう」
「水瀬さんが膨大な資料を望まれるので」
「嫌味か」
「まさか」
 嫌ならとっくの昔に逃げてます。
 そう告げると、水瀬は口端を持ち上げて笑った。
「変わった男だな、君は」
「我慢強いんですよ、きっと」
「……それはどういう……」
 水瀬が追求しようとした時、会議室の次の予約者がドアを開き、会話はそこで打ち切られる。廊下を挟んで向かい側の居室に戻るという水瀬の背中を見送って、安里は不思議な感覚に囚われていた。
 あんなに近付き難いと思っていた人と話した。
 中断されなかったらどんな感じだったろうかと思いを馳せ、意識はゆっくりと浮遊してゆく。
 安里は長いこと、そこに立ち尽くしていた。

ships#13 に続く