ships #19
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同じ夜、安里は久しぶりにコウを呼び出していた。
プロジェクト大詰めの頃は、ships に顔を出すどころか終電に駆け込むのがやっと。コンペ直前の2日間など家にも帰れず仕事難民と化した司令塔代理はとうに限界を超えていた。プレゼンが終了し、めでたく仕事が一段落した今日、久しぶりに許された定時退社を見逃すわけがないのだ。
ツーコールで出たプライベートナンバー、オフ日のコウは相変わらず元気だった。
会って話せるならどこでもよかったのだけれど、たまには気分を変えて ships ではない店のテーブルに向かい合う。プレミアムモルツをなみなみと注いだグラスで乾杯すれば、きめ細かい泡がふわりと揺れた。
「休みの日まで酒浸りにしてゴメンねー」
一気にグラス半分まで飲み干してから、そういえばといった具合に付け足してみる。当然今更であるのを承知で侘びる安里に苦笑を返し、コウはメニューを広げてくれた。
「かわいいアサトのためだもーん」
何食べる? コレ美味しそうじゃない? あとコレとコレとコレ!
メニューを指差し矢継ぎ早に候補を選定する様に、安里は見事に置いて行かれる。そういえばカウンターの内側でつまみ食いをしたことは数え切れなかったが、差し向かいで飲みに来るのは相当久しぶりかも知れない。スレンダーな見かけに似合わずコウがよく食べるのを忘れていた。
「……コウちゃん、そんな頼んだら太るよ……?」
「何言ってんのー。アサトが倒れたらアタシがお姫様抱っこするんじゃない。筋力が必要なの、筋力が」
そう言ってガッツポーズをしてみせるから、爆笑せずにはいられない。
結局、呆れる量のオーダーをこれまた呆れる食欲で実に幸せそうに胃に収めるコウを見守ることとなり、パートナーが出来たら食費が大変だろうなぁなんて、現実逃避を図ってしまう安里であった。
「ね、それより最近忙しかったんだって? 身体大丈夫?」
「あー、もうね、コウちゃん聞いてくれる? ほんっと大変だったんだよー」
いつの間にかコウにつられて口調がおかしくなった司令塔代理は、波瀾万丈あったプロジェクトの顛末を説明する。
精鋭部隊が組まれ自分もメンバーになったこと、毎日残業続きで頑張っていたこと、プレゼン直前のトラブルで奔走したこと、そして無事間に合わせたこと。更にはこの仕事に引き込んでくれた相手とは最悪なタイミングで出会い、それまでも敵視され続け、仕事で見返してやろうと思っていたこと。一緒に仕事をしているうちに尊敬出来る人物と知り、プロジェクトに夢を賭けている姿に感動し、辞職騒動があったことで、自分の中で大きな位置を占めていることが分かったこと───。
最後に、プロジェクトに推してくれたのは水瀬だったことを伝えると、コウはまるで自分のことのように喜んでくれた。
「…………アサトの、好きなひと?」
「え、いやそんな、そんなんじゃ……」
ないよ、と言い切ろうとした言葉は、けれど喉につかえて出て来なかった。
大袈裟に両手を振りながら否定してみせるのだけれど、内面をすべて晒した相手のことなどお見通しだと頬杖を突くコウの前ではそんなものは通用しない。
「まだ……よく、分かんない」
それが答え。
安里自身、上手く気持ちの整理が出来ていないのだ。だからありのままを語れば、友人はにっこりと笑ってくれた。久しぶりに見るコウの笑顔に安里は今更のようにホッとする。大きく一息吐き、真直ぐ前を向いて言った。
「まだ分かんない。……でも、大切」
今が凄く大切。
唇を弓形に引き上げて告げると、それまで黙って聞いていたコウはゆっくりと目を細めた。
「……そか。アサトが幸せなら嬉しい」
でもアサトはアタシのだからね?と混ぜっ返すのも忘れず笑いを誘った友人は、綺麗な身のこなしで一度席を立つ。お手洗いに行くという後ろ姿を見送って、安里は安堵感に包まれていた。
「……ありがと、コウちゃん」
夜は優しさに満たされたまま、溶けるように更けてゆく。
ships#20 に続く
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