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 2007年08月 

ships #23 

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 ships からの帰り道、人気のない公園のベンチで安里は携帯電話を手に取った。
 皓々と灯りのつく自分の部屋ではドロドロとした内面までさらけ出してしまいそうで、辛うじて心のバランスを取っている今は闇に浸っていたかったのだ。
 着信履歴の2番目、一度だけ掛かってきた橘の番号へカーソルを移動させると、意を決して通話ボタンを押す。呼び出し音が繰り返される中、緊張を抑えてくれたのはコウの言葉だった。

 心に嘘は付けないよ。

 ……本当だね、コウちゃん。
 ずっとずっと辛い過去に引きずられて、忘れた振りをしながら瘡蓋が剥がれないように必死に守ってばかりいた。好きだと思える人が出来ても殻を破ることが出来ず、傷の痛みだけを思い出してしまうのは、もう、やめよう。悲しい涙で終わらせた恋の封印はすぐに溶けてしまうから。過去を眠らせて次へ進もう。
 何度も深呼吸を繰り返す。それは短い儀式のようだった。
「……もしもし」
 橘の声が雑音に混じって届く。懐かしい甘い音。だがそれさえも水瀬への真直ぐな想いを自覚した今、流されることはなかった。
 突然の電話を詫び、安里はズバリと本題に入る。自分には好きな人がいること、今がとても大切なこと、そして橘との関係を過去にしたいことを告げた。
「俺にとっては5年前に終わったことなんです。……もう、そっとしておいてもらえますか」
 それぞれが別の道を歩いて行くのだから、たとえそれが途中近付いたとしても、寄り添うことも交わることもない。その犯されざる線引きは、かつて橘が浮気の果ての失踪という形で安里を切り捨てた代償だった。
 だが、唇を引き結ぶ安里に橘は思い掛けない言葉を投げた。
「おまえを忘れたことなんかなかった」
 あの、優しい声で。麻薬のような甘い声音で。
「どこにいたって、誰といたって、おまえのことばかり考えていたよ」
 浮気をして出ていった過去などまるでなかったことのように紡がれる睦言。抱いた相手すら、一夜明けたら関係をリセットしてしまえるのがホストの常套手段だと今なら分かる。そして一度分かってしまえば、これ以上悲しいものはなかった。
「今でもおまえを愛してる……」
 けれどもう、安里に応えることは出来ない。
「……その言葉、5年前に言って欲しかったよ……」
 そして本気の愛で包んで欲しかった。あの時自分がそうしたように、全身全霊を賭けた愛で。
「さよなら、橘さん。……ありがとう」
 決定的な別れを前に、電話の向こうでは何か叫んでいた。けれどそれさえ自分を引き止めるものにはならない。過去に届く声はないのだから。
 終話ボタンを押してラインを切る。
 長く絡んだ鎖を自らの手で断ち切って、安里は過去に向かって少し泣いた。

ships#24 に続く