ships #24
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最後の結果発表を待つばかりとなっていたプロジェクトは、コンペ採用という華々しい成果を以て無事終了となった。
一時は版権問題でプレゼン棄権とさえ言われただけに、全員一丸となり期日までに間に合わせたこと、慌ただしく戦場に向かう水瀬を送り出したこと、辞職するという彼を泣きながら引き止めたこと、最後まで一緒に夢を見たこと、そのすべてを懐かしく思い出す。それは安里だけでなく、最後のプロジェクトミーティングの席で結果を聞いた誰もの胸に、大小の差はあれ去来するものだった。
和気藹々とした空気の中、誰からともなく打ち上げの声が上がり、異論を唱える者のない席上はあっと言う間に週末の飲み会の議論に移る。そのスピード感に水瀬は苦笑を浮かべ、安里はプレゼン前日の高揚感を思い出していた。
「……お疲れさまでした」
一団が輪になってあの店がいい、この店がいいと躍起になるのを遠巻きに、安里は司令塔に声を掛ける。
「君も。……それにしても凄い団結力だな」
「でしょう。あの日もこんな感じでしたよ」
穏やかに笑う司令塔代理に水瀬は目を細めた。
「最初は反発も大きかったと聞いている。君がまとめてくれたそうだな」
「俺は何も。皆が本気でやりたいと思ってくれたからですよ」
唇を弓形に持ち上げて功労を労うようにメンバーを見遣ったその時。
「おーい、安里。あ、水瀬さんも。宴会、思い切って『藤乃』のコースにしようと思うんスけど、松と寿、どっちがいいスかね?」
遠くから小沢が振り返った。社運を掛けた一大プロジェクトの成功、恐らく飲み代は経費で落とせることを知っているのだろう。敷居が高かった料亭のコース料理を味わえるという浮き足立ちっぷりに、悪いと思いつつふたり揃って吹き出した。
「どっちでもいいよ。任せるー」
安里が返しながら、「でも寿って結婚式用じゃないの?」と首を捻るのを見、水瀬が再度肩を震わせる。プロジェクト発足時からは考えられない光景だった。
概ね計画がまとまったところで定時を告げる鐘が鳴る。善は急げと金曜日を待つことなくその日のうちに宴会に雪崩れ込んだ一行は、衰えることのない高揚感に包まれていた。
メンバー全員で結果を出せたこと、そして何より、仕事でこんなにも達成感を味わえるなんてとしきりに繰り返す安里に、皆嬉しそうに笑みを返す。普段の業務では交差しない関係。それが偶然から集められ、言葉を交わすようになり、時に反発し、時に助け合い、固い絆で結ばれたからこそ出来たこと。だからこそ嬉しかった。お互い同じ気持ちだった。
座がお開きになった後も去り難く、仄かに回ったアルコールの助けを借り安里は思い切って声を掛ける。
「水瀬さん。……この後時間があったら、どこか寄りませんか」
迷うか、或いは穏便に断るかと思われた水瀬は、けれどあっさり頷いて見せた。
「実は今、俺もそう言おうと思っていたんだ」
先を越されたな、と笑う姿に胸が高鳴る。
解散後駅に向かう皆を見送って、ふたりは反対方面へと足を向けた。二次会と称してカラオケに流れる連中もいたが、トップふたりのしみじみとした顔を見て、敢えて誘わずにいてくれた。
何本か細い筋を抜けた先、重厚な扉を開ける。ドアベルがカラン、と綺麗な音でふたりを迎えてくれた。
地下にあるという水瀬ご推薦のその店は、間口に反して意外に広く、ギリギリまで落とされた照明が時の経つのを忘れさせる。ウィークデーだからか客もそう多くなく、極力寡黙を貫くバーテンダーの接客は見事に洗練されていて、落ち着いた雰囲気の中、ふたりだけの世界に身を委ねた。
カウンターに席を取り、安里はラム、水瀬はウォッカベースのカクテルをオーダーする。
「……プロジェクトの成功に」
グラスを持ち上げると、司令塔が苦笑した。
「それはさっきも祝ったじゃないか」
「あ、それもそうですね……。じゃあ、折角なので、プロマネに?」
そう言うと尚一層眉間の皺を深くするのが微笑ましい。普段こんな表情を見たことがなかったのだけれど、この人は案外かわいい人なのかも知れないと安里は目を細めた。
「それなら、水瀬さんのことをよく知ることが出来たプロジェクト自体に感謝しましょう」
「……あぁ、確か君は俺を嫌なヤツだと思っていたんだったな」
「会うたび睨まれてちゃ、誰だってそう思いますよ」
苦笑しながらグラスを合わせる。ふわりと香るピーチシャーベットが火照った体に心地よかった。
「俺の負けず嫌いを煽ったのは水瀬さんですからね」
「そうなのか。じゃあ、俺はプロジェクトに貢献出来たってわけだ」
「もー。どういう理屈なんですか」
「ハハ。悪い悪い」
司令塔代理にも乾杯しよう、そう言って改めてグラスを持ち上げてみせる。
すい、と横に引かれた薄茶の瞳。眼鏡越しにでも分かる、その優しい色を見つめ、あぁ、この人が好きだと思った。
気付いてしまえばこんなにも単純で、純粋で、呆れるほど真直ぐな想い。曇りのない心はまるで真夏の空のように、ただ、水瀬だけを見ていた。
ships#25 に続く
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