Monthly archives

 2007年08月 

ships #27 

←前話へ

 打ち上げでの遣り取りを報告するや否や、電話の向こうのコウは大変な盛り上がりようだった。
「それってそれってそれって、絶対アサトのこと好きだよねー!」
 黄色い歓声が鼓膜を劈く。キーンという耳鳴りに目を閉じながら、とにかく落ち着いてと促すもののそんな言葉などお構いなしにコウは口早に捲し立てた。
「だって考えてもみなよ。男同士ふたりっきりで、イキナリ相手にカムアウトされて、『はい、そうですか』なんて普通言えないわよ!? よっぽど好きじゃなきゃ受け止め切れるわけないじゃない。……あーん、ノンケのくせになんてイイ男なのかしら!」
 羨ましがる口振りに毒気を抜かれ笑ってしまう。
「……コウちゃん、反応良過ぎ」
「だってアサトの好きな人のことだもーん。テンションだって鰻登りよ!」
 電話の向こうでガッツポーズをしているのが目に浮かぶ。恐らく今は開店前の準備をほったらかしにして目を輝かせているに違いない。
「えーとね、そんで1回お店来てみたいんだって」
「……へ? ゲイバーだって知ってる!?」
「勿論言ったよ。止めようと思ったよ。でもねー、『いい酒が出て、いい音楽が掛かっていて、いいスタッフがいるところだろう』って言うんだもん」
「あっはっは! そりゃアサトより一枚上手だわ」
 笑いながらもその実まんざらでもないのか、そりゃウチしかないわよねぇと上機嫌で続けるのを聞きながら安里は予約を取り付ける。
「取り敢えず金曜日に一緒に行くから。カウンターの奥入れてくれる?」
「リョーカイ。他のお客さんに邪魔させないように、ついでにもう一席余分に取っとく!」
 豪快な仕切を見せる相棒にまたも吹き出し、祝福に感謝し、礼を言って通話を切る。
「さて、と……」
 これでいよいよ後には引けなくなったことにそっと深呼吸を繰り返した。
 水瀬が ships を訪れたいと言っていたことは事実だし、それを叶えたいというのも素直な気持ち。だがそこは自分を洗いざらい晒す古巣であり、コウや梶原に彼を紹介することは即ち結婚相手を親に会わせるようなものなのだ。嬉しいやら照れくさいやら複雑な心境を持て余したまま迎えた金曜の夜───熱烈な歓迎に水瀬が一番最初にしたのは爆笑だった。
「まるでサプライズパーティみたいだな」
 先導する安里にこっそり洩らした言葉が面白くて振り返る。面食らっているかと思いきや、相変わらず肝の据わっている司令塔はこの状況さえ楽しんでいるようだった。
「さ、座って座って。今夜はお祝いしなくっちゃ!」
 そう言って景気づけにシャンパンを抜いてしまうあたり、やはりコウのテンションは尋常ではない。小気味いい音を立ててフルートグラスに琥珀を注ぎながら、終始笑みを絶やさないバーテンダーは嬉しくて仕方ないオーラを全身から漂わせていた。
「よし、じゃ、乾杯しよっか。……アサト、おかえり。水瀬さん、ようこそ♪」
「ただいま、コウちゃん」
 軽くグラスを合わせ、一口飲む。喉を滑り落ちる芳醇な香りにフワリと身体が浮いたように思えた。
「それじゃ改めて自己紹介しとこうかしら」
 コウがいそいそといった風にシナを作ると、既にリラックスしている水瀬はまたも吹き出す。ここでは彼も仕事の仮面をあっさり脱ぎ捨てていることに驚き、そして嬉しかった。
「コウです。アサトがいつもお世話になってますー」
「水瀬です。彼がここに初めて来た時に、ジンライムを出してくれたのがあなただと伺っています」
「ちょっとアサト、そんなことまで喋ってんの!?」
「え、あ、いや……芋蔓式にいろいろと……」
 もう恥ずかしいわよーとよく分からない理由で頬を赤らめるコウを余所に、傍観者かつツッコミ役というオイシイポジションを獲得した水瀬に恐いものはない。
「彼は、あなたにたくさん助けられた、あなたのことを大事な人だと話してくれました」
「わーわーわー。コレ何の会!? 一体どんな羞恥プレイ!?」
「ちょっとコウちゃん勢いに任せて何言ってんのっ」
 慌てふためくふたりの遣り取りに司令塔は笑い過ぎて涙を拭う。一頻り場が落ち着きを取り戻すまで、実にグラス一杯分のシャンパンを必要とした。
「……いやー、でもさっきのはちょっと嬉しかったわ」
 改めてオーダーに腕を振るいつつ、コウは手元に視線を落としたまま口端を持ち上げる。
「アサトの助けになれてたのね」
 ハイどうぞ、と差し出されたいつものジンライム。水面を目指し瞬く間に駆け上がってゆく気泡を逆になぞりながら、安里はしっかりと頷いた。
「うん、勿論。さすが『名は体を表す』だよね。……あ、水瀬さん、コウちゃんの本名は幸せを助けるって書いて『幸助』っていうんですよ」
「あぁ、それなら生まれながらのキューピットだな」
「……!」
 自然に零れ落ちるようにサラリと応えた言葉に、異様に反応したのはむしろバーテンダーの方だった。
「水瀬さんって無意識に殺し文句言うタイプ!?」
「え…?」
「あ、いいですいいです。コウちゃんのことは気にしないでください」
 今ちょっとテンション上がり過ぎて宇宙と交信してるだけですから……と訳の分からないフォローをしつつ、場を治めつつ、そうこうするうちに復活したコウと苦笑し合った。
「まぁ、誰かの幸せをお助けするのが使命なら、アタシの性に合ってるんだけど」
 最近はアサト専門だったんだけどもう卒業かしらねと呟きつつ、コウはふと入り口に顔を向ける。入って来た数人の客にテーブルを勧めるため、ちょっとゴメンね、と言い置いて席を外すのを見送りながら、ふたりはようやく一息吐いてそれぞれのグラスに手を伸ばしたのだった。

ships#28 に続く