ships #28
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フレッシュライムの爽やかさを受けてジンが軽やかに踊る、懐かしい香り。
傍らの水瀬に目を向けると、すっかり場に馴染んだ彼は穏やかな瞳で店内を見回していた。まるでそこが長く帰らなかった懐かしい我が家であるかのように、優しさを込めた眼差しはすっと細められてゆく。彼がここを気に入ってくれた証拠だった。
「……いらっしゃい」
ふと声を掛けられ顔を上げると、そこには穏やかに笑う梶原が立っていた。
「梶原さん」
「やぁアサト。……こちらが水瀬さんですね。こんばんは、オーナーの梶原です」
「お邪魔しています」
ふたりが来ることは疎か、この分だと水瀬との馴れ初めから彼のセクシャルに至るまでかなりの情報がコウから流れているらしい。途端ドキドキと緊張する安里を余所に、司令塔のショットグラスが空いていることを確かめたオーナーはさり気なくそれに手を伸ばした。
「こういうところは初めてでしょう。大丈夫ですか」
早いペースで杯を干すのを見、緊張しているのかと心配した梶原を安心させるように、水瀬はゆっくりと首を振る。
「ここは居心地がよくて、自分でも驚くほど馴染んでしまったようです」
通りのことはまだまだ勉強が必要なようですが、と道中の出来事を話す穏やかな声音に耳を傾けながら、オーナーは再び笑みを取り戻した。
「……あぁ、そういえば入って来る時に気が付いたんですが、ドアに綺麗な船のレリーフがありましたね。店名に因んでいるんですか?」
「ハーイ、よくぞ気付いてくれましたー!」
と、突然戻って来たコウが会話の先を掠め取る。携えていた空のビアグラスを流しに運ぶと、隣の梶原に向かってニッと笑った。
「ships の名前には、アツーイ想いが込められてるのよねー」
「まったく……早くグラス洗いなさい」
茶々を入れるコウを窘めつつも、苦笑を浮かべた梶原は改めて水瀬に向き直った。
「この店全体が、船をイメージしてるんですよ」
静かな声は BGM の間を縫って心に響く。
「……ゲイと言えば今でこそ認知度は上がってるけれど、まだまだ世間からは風当たりの強い存在でね。僕達は日常の何気ない場面でいつもそれを感じている。でも、そんな逆境に負けないで、みんなが自分らしく生きられる世界に向かって漕ぎ出す船を造ろうと思ったんです」
そしてひとりひとりがその船── ships であるのだと。
話に感じ入った水瀬が深々と息を吐き出しているその脇で、場の盛り上げ役を買って出たコウは派手なウィンクで混ぜっ返した。
「実はオーナーの趣味が釣りだからってのが最有力説なんだけどネ」
「……コウちゃんそれホント!?」
「コラ、勝手な噂を流すんじゃない」
梶原のツッコミなど何のその、コウにとっては日常茶飯事である。
「だって聞いてよ。この前なんて、誰かさんが泊まりがけの釣りに行くからってアタシ48時間ぶっ通しで働かされたのよー。ひどいわよねー」
睡眠削るなんてお肌の敵よと嘆いて見せるわりに、辞める素振りひとつなく何年もここで働いているのは、コウにとっても大事な場所だからに他ならないのだ。
「……ま、いつかはアタシがココ乗っ取るんだけどね?」
そんな風に得意気に胸を張ってみせるから、3人は一拍遅れて吹き出すしかない。ふと気になって安里は口を開いた。
「そしたらお店の名前は変えるの?」
「まさか。ships のままよ」
首を傾げるメンバーに向かって、コウは人差し指を、ピ、と立てて見せた。
「ナイスミドルとナイトクルーズってことで♪」
「そっちか……」
溜息の二重奏に水瀬の苦笑が重なる。鮮やかなウィンクが夜を綺麗に締め括った。
ships#29 に続く
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