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 2007年09月 

guys #09 

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 薫風吹き抜ける5月。
 漲る生命を象徴するかのように葉は茂り、日一日と天を目指す。競うように研鑽を積むテニス部部員の中でも、一際練習に没頭しているのは正式にレギュラーの座を獲得したばかりの和哉だった。
 交流試合や公式戦など、他の部に比べたら試合数こそ多いテニス部ではあるが、団体競技ではない分選手枠の争いは厳しい。ただでさえ地元では有名な強豪校として選手層の厚い状況にあって、2年生になるやすぐにレギュラージャージに袖を通した例は過去数えるほどしかなかった。
 だが、それは同時に伝統の重みも背負うことになる。初戦敗退など許されようもなく、持ち帰るのは優勝旗だけだと先輩から釘を刺された和哉に出来ることと言えば、地道な練習をおいて他にない。
 それでも、その重圧を負ってでも、高校総合体育大会にシングルで出る名誉が和哉を動かしていた。それにこれは約束なのだ。自分がプレーしているのを見るのが好きだと笑った、幼馴染みの顔を思い出し、そっと唇を持ち上げる。
「……見に来てくれんだもんな」
 小さい頃から欠かすことなく応援に来てくれていた律誠。腐れ縁だと揶揄ってもなお律儀にスタンドに足を運んでくれる彼を、誰より必要としていたのは自分だった。彼との約束があるからこそ辛い練習をこなすことに意味が出来た。───こんなことを言えば、彼は呆れ返って笑うのだろうけれど。
 そう、こんな風に。
 これまで誰も足を踏み入れたことのない自分達だけのセル。そこに突然現れた雪之の存在。先日の後ろ姿が象徴する己の中の負の感情にそっと目を閉じ、遣り過ごす。僅かに揺らいだ精神を集中するように彼の残像を追い出すと、和哉は再びトレーニングに没頭していった。



 こんなことが、起きるのだと───。
 和哉の試合当日。復学した雪之がまるで狙ったかのようにまた問題を起こした。
 高校総体の間は選手は競技に参加するが、殆どの生徒は通常通りの授業を受ける。応援団やブラスバンド、特定の応援関係者を除き粛々と行われるそれが、浮き足だった学校の中でどれだけ退屈なものかなんて教師でさえ理解している。けれど、それに乗じ許されるはずはなかった。
 試合直前になっても顔を見せない律誠を心配しながら打ち込んだサービス。ツメの甘い球は見抜かれ、すかさず左右に振られた。落ち着け、落ち着けと己に言い聞かせながらじっと前だけを睨み、相手の一挙手一投足、その呼吸にまでも神経を研ぎ澄ませる。けれどどんなに睨み付けても脳がそれを処理しない。反応の遅れる身体はまるで感情に支配されたように、不安だけを和哉に突き付けていた。
 来るんじゃなかったのかよ、律誠……!
 心の中で何度も呼んだ名前。決して返されることのない言葉。
 気が付けば試合は終わっており、和哉の敗戦がそこにあった。実力からいって勝てなかった相手ではない。完全に自分を見失った結果だと項垂れる彼に、仲間のひとりが律誠は近くまで来ていたのだと告げた。
「会場図見てたの、他校の友達が見たって。制服だからすぐ分かったって」
「じゃあ、なんで……」
 まさか迷ったのか、と言い掛けて和哉は口を紡ぐ。律誠に限ってそんな理由は成り立たない。そしてここまで来て踵を返す訳を自分はひとつしか思い付かない。
 ハッと口を噤むレギュラーに代わり、友人は言葉を続けた。
「呼び出されたらしいぜ。……また、あいつだ」
 瞼を閉じる。なおも現れる雪之の残像に和哉は奥歯を噛み締めた。幼馴染みを困らせ、苦しめ、追い詰めるだけでなく、ふたりの約束までをも邪魔をする人間は、自分にとって、そして律誠にとって忌むべき存在でしかない。
 大敗を喫した悔しさと、大事な存在を取り上げられた喪失感で和哉の視界が黒く染まる。
 雪之に対する敵対心がロックされた。

guys #10 に続く

guys #08 

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 街灯から伸びる影がどこまでも続いている。
 ほんの僅かな光に群がるように、或いは秘密裏に漂う闇を暴くように、影は朧気に陰影に溶けてゆく。境目のあやふやなそれは、継ぎ接ぎのアスファルトに踊っていた。
 午後10時にほど近い時間。
 バスの行き交う表通りの賑やかさとは一転、1本路地に入ると途端にシンと水を打つ。静寂が痛いとすら感じる暗闇の中、大きな荷物を抱えた和哉は重い足を引きずるように帰路に就いていた。
 練習が厳しいことで知られている常和のテニス部。ただでさえ試合前で練習量が増える今、レギュラー用の特別メニューまでこなしていれば、尋常ではないと評される体力を誇る自分でも限界は訪れる。その上、普通の生徒はバス通学を選ぶ距離をこうしてランニングで往復している。足元はフラ付いて時折縺れ、酷使し続けた気管からは息を吸うたびヒューという音が漏れた。
 まるでエンドレスの試合のよう。
 一向にカウントアップされないスクリーンを睨みながら、なおもラリーを続けているような錯覚に囚われる。足が絡んだのを境に立ち止まれば、俯いた顎先から汗が地面にポタポタと落ちた。
「……は、……っ」
 上手く繋げない呼吸に目を閉じ、拳で汗を拭ってやり過ごす。激しく鳴り立てる心音は脳に直結しているようにドクドクと聴覚を支配した。軽い眩暈に襲われ、傍らのビルの壁に手を突いて何とか身体を支える。さすがに限度を超えただろうかと浅い呼吸を繰り返し、目を上げた先、見慣れた人物が行き過ぎるのを捉えた。
「……あれって……」
 表通りに続く路地、一際明るい電飾の光に映し出されるのは、見間違いでないのなら噂の張本人。停学処分で自宅謹慎のはずだろうに、平日のこんな夜、家を抜け出して出歩くには理由がなさ過ぎる。黒いシャツに黒いパンツを纏う彼はさしずめ闇に紛れる黒猫のようで、周囲を見回した涼やかな目だけが夜を切り裂く三日月だった。
 こちらに気付いた様子のない彼は、ほどなくして現れたふたりの男と共に連れ立って歩いて行く。親しげに言葉を交わすでなく、どちらかというと余所余所しい3人は友達同士と呼ぶには疑問が残った。雑踏の中に紛れてしまえば誰も気付かないであろうその僅かなささくれは、けれど彼を凝視している自分には大きな違和感となって留まり続ける。数歳上と見られるひとりが煙草を出して銜えるのを見遣りつつ、続く何気ない所作に和哉は思わず眉を潜めた。
「え……?」
 火を求めていた彼に、ライターで点けてやったのは雪之だった。
 その出所が彼のポケットでなければ、それは何気ない光景だったのに。
 俄に生じた停学者の喫煙疑惑に和哉は動くことも出来ない。咽喉を下げようにも緊張で渇いた口内は引き攣るように痛むばかりで、焼け付く喉に顔を顰め、目撃者は祈るように上向き目を閉じた。
 瞼の裏には幼馴染みの悲しむ顔。
 既に彼は職員室に通い詰めと聞く。その上更に問題が発覚しては身が保たないことは容易に知れたし、何より責任感の強い律誠のこと、至らぬ自分を責めてしまうかも知れないと思うと、和哉には事を明かせる勇気はなかった。何より、これ以上彼を苦しめるものから彼を守りたかった。まるで子供の頃のように、今や自分の背丈を追い越してしまった委員長の、真直ぐな心を守りたかった。

 律誠を追い詰めるものは俺が許さない───。

 ひんやりとした空気を纏い、唇を噛む。
 決意は新たな標的をも生んだ。

guys #09 に続く

guys #07 

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 授業中の暴力騒ぎから一夜、教室に雪之の姿はなかった。
 朝のショートホームルームで彼の停学が告げられる。淡々とした口調からは感情が読み取れず、けれどその背景にはこれまでの雪之の素行に対する処分までも含まれているようで、普段は信頼している担任教師にでさえ疑いの目を向けてしまう自分が嫌だった。
 事実、停学処分は些か重い。厳重注意か、或いは生活指導室通いの反省文程度で充分だろうと思われたそれが、雪之の場合には停学1週間の自宅謹慎なのだという。前例が少ない常和にあって比較対象は見つからなかったが、それでも決定処分に疑念が残らないわけはない。複雑な思いを抱えたまま律誠は今日もまた職員室を後にする。
「失礼しました」
 ガラ、と音を立てて扉を閉め、溜息をひとつ。以前和哉から聞いていたクラス委員長の重責を今ひしひしと痛感していた。
 問題行動のせいで板挟みになったかつての委員長はよく泣かされたというが、実際こうも頻繁に職員室やら生活指導室に呼び出され、本人でもないのにあれこれと事情聴取をやられては身が保たない。だいたいクラスメイト全員をたったひとりの生徒が面倒見るだなんて、大人の了見はどうなってるんだ───。
 委員長らしからぬ独白に眉を潜め、それでも相手が雪之だからこそ保っているのだということも自覚している。これが他の人間ならとっくに適当な理由を付けて逃げ出しているだろう。
「今頃、どうしてるんだろうな……」
 渡り廊下の窓越し、見上げた夕暮れ。
 寺の鐘が遠く響き渡るのを聞き、律誠は教室へと足を早めた。



 2年E組で停学者が出た噂は瞬く間に学年中に広がった。
 もともとゴシップの類が少ない学校だけあって、こうしたニュースには皆敏感になっている。進級後一段落付いた時期も吹聴に拍車を掛けた。
 比較的早い段階でそれを耳にした和哉はすぐに律誠の元に走ったが、彼は職員室に呼び出されたというけんもほろろな取り次ぎに追い返され、以来多忙を極める彼とはコンタクトが取れていない。電話をしようにも、試合が近い自分は夜遅くまで部活に精を出しているため、彼の実家への迷惑を考えるとそれも憚られた。
 登下校の手段が違う。クラスが違う。放課後の過ごし方がまるで違う。
 昔は共通点ばかりで、差異といえばお互いの容姿や性格ぐらいというほど仲の良い幼馴染みだった律誠も、今や委員長として、ゆくゆくは生徒会を背負って立つ人間として有望視され、自分の時間の殆どを公の仕事のために費やしている。彼が部活をしないのではなく、したくてもする時間を取れないでいることを、側で見ている自分はよく知っていた。そんな風に、いつも自分より相手を、皆を優先させてしまう男だった。
 だからこそ、この事態は要注意だ。
 倒れるまで全力疾走してしまう不器用な幼馴染みを分かってやれるのは自分しかいない。少なくともこの長い付き合いがリミットを知らせる。そう自負している。
「なのに……」
 支えてやりたいのに、自分を取り巻く現実がそれを許さない。気持ちだけが上滑りして己の無力さを浮き彫りにする。
「チクショ……!」
 何に対する苛立ちか分からないまま、和哉は力任せに足元の小石を蹴った。放物線を描き空を舞う先、願わくば、現状打開へと続きますように。

guys #08 に続く