guys #06
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季節は少しずつ春の名残を惜しんでいた。
桜の枝々は散った花びらの萼を色濃く掲げ、その次に芽吹く新緑の幼葉を覗かせる。蘇芳のウテナに架かる冠のようなそれは、柔らかな甘雨の恵みを受けて日一日と逞しく空に手を伸ばしていった。
教室の窓越し、アルミフレームで四角く区切られた空はどこまでも澄んで、まるで自分の悩みなどちっぽけな塵に過ぎないと言っているよう。それでも胸に蟠る思いは少年にとって切実であることに変わりなく、珍しく授業も上の空で溜息を吐くのには理由があった。
屋上での一件以来、雪之に避けられるようになった。
律誠が話し掛けるたび迷惑そうに踵を返す様は誰の目からも明らかで、それまで接点のなかったふたりの間に何かあったのではと勘繰る声が出始める。無論、委員長の手前あからさまに詮索する者はなかったが、それでも気分のいいものではない。ましてや良い方向に動いているのならともかく、自分達の場合は人間関係どころか個人としての認知さえ成立するのにどれほどの時間を要するのか、その見当すらつかない状態での無責任な波風は徒に不安を煽るだけのものだった。
彼を知りたいと思った。そして分かりたいと思った。
だが、そんな願いは思い掛けず実現することとなる───傷害事件という最悪の形で。
「有沢……!」
まるで悪夢のようなスローモーション。
授業中、突然椅子を引く音に驚いて振り返ると、雪之が後ろの席の男子生徒に拳を振り上げるのが見えた。あまりのことに声も出ない。教師さえも目を疑った。激しく転倒する被害者の映像がコマ送りのように映り、床に打ち付けられた椅子の衝突音で我に返った時にはもう、雪之が馬乗りになって相手に殴り掛かろうとしていた。
「有沢! 止めろ!」
近くの生徒が慌てて押さえに掛かる。無理矢理引き剥がされ、床に押し当てられた口元からはしきりに離せという声が漏れていたが、突然の惨事に興奮状態のクラスメイト達によって小さな音は掻き消された。
「授業中だぞ有沢! 慎みなさい」
後ろから羽交い締めにされたままノロノロと起き上がった問題児に対し、古典教師が厳しい口調で注意する。
「まず、彼に謝りなさい。それから騒ぎを起こして迷惑を掛けたクラスメイトに」
口元を押さえた被害者の生徒を指し促すが、雪之はまったく聞き入れようとせず教師を睨み返した。
「理由は何だ。なんでこんなことをした」
一触即発の緊迫した空気。ピリピリと痛い緊張感に喉が鳴ってもなお動こうとしない当事者に代わり、口を開いたのは殴られた少年だった。
「噂です。……最近こいつ委員長と何かあったみたいで、お互い妙に意識してんじゃないかって話し掛けたら、イキナリ……」
タイムリーな話題にクラス中がザワめき立つ。俄に騒がしくなった教室の中、全員の関心が委員長である律誠に集まるとともに、無責任にも事態の収拾までをも強要した。矢のような視線が降り注ぐ中、律誠は静かに椅子を引き、立ち上がる。
「……お騒がせをして申し訳ありません」
そうして担当教諭、クラス全員に向かって二度頭を下げた。追随を許さぬ凛とした声に一同は音もなくすべての所作を見守るばかりで。
「個人的なことを授業に持ち込むのはやめましょう」
チラリと少年を見、クラスメイトを見渡し釘を刺す。これを言い訳とするのか、それとも意に反したことだと覆せばいいのか、今の律誠には整理することが出来ない。俯いたままの雪之の表情が気掛かりで、そればかりが心を重くさせた。
再度深々と頭を下げた委員長に免じてその場は収まり、ぎこちなく授業は再開したが、一層輪郭を浮き出させたふたりについて周囲の関心が薄れるわけなどなく。
楔を抜かれた歯車がゆっくりと動き始める。
その先にあるものなど予想だにさせず───。
guys #07 に続く
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