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 2007年10月 

guys #11 

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 平穏な日常は瘡蓋のように深い傷を覆っていた。目に見えぬ溝は深まるばかりで、直す術を何ひとつ持たない。三者三様のベクトルに向かってゆく中、和哉は久しぶりに律誠の姿を見付けた。
「律誠!」
 声を掛けると、振り向いた顔がパッと笑う。それだけで無性に嬉しかった。
「和哉。久しぶりだな」
「移動?」
「あぁ。次が化学なんだ。実験室で」
 こんな何気ない会話など学校中どこででも溢れているはずなのに、擦れ違い続けた自分達にとってはなんと新鮮なことか。僅かな身長差を見上げるように覗き込んだ鳶色の瞳がすっと細められる。嬉しい時の幼馴染みの癖だった。
 話したいことがある。伝えたいことが山のようにある。何から口にすればよいのか迷っていたその時、同じく移動教室となる人物が傍らを通り過ぎたことによって、ささやかな喜びさえも掠め取られた。
「……有沢……」
 小さな呟き。表情を固くするのはもう彼の癖になってしまったのか、傍らの幼馴染みが委員長としての顔に変わる。今しがたの柔和な印象など微塵も見せず、自分と共にいる時でさえ雪之に照準を合わせた対応に和哉はそっと唇を噛んだ。
「律誠」
 呼び掛けにも応えない。彼の目は自分を見ていない。
「律誠…!」
 こんなに近くにいるのに。ずっと側にいたのに。
「………あ、あぁ。なんだ、大きな声で」
 数秒遅れでチラと向けられた視線、けれどその全身が未だに先を行く雪之の背中を追っていることなど容易に知れるから、和哉はとうとう口を開いた。悔しさは押さえられなかった。
「……あいつの本当のこと知ったら、そんな顔してらんなくなるぜ」
「え…?」
「見たんだ───」
 彼が明らかに接点のない、年上の連中と夜の闇に消えて行った日。取り出されたライターの炎がやけに眩しく映った夜。それが喫煙のためか、はたまた薬か……その先は分からないけれど、無用の長物として持ち歩くには仕草の慣れがその可能性を否定していた。
 淡々と話している間中、委員長は身動ぎもせず一点を見つめていた。視線が床を泳いでいたのはむしろ和哉の方で、真実は別のところにあると冷静に状況分析を行う者、見たことのすべてが唯一無二であると考えたい者の心情を如実に表す。すべて聞き終えた律誠はさすがにショックを受けた様子でしばらく掌で顔を覆っていたが、意を決し口を開いた。発された言葉は和哉の予想を裏切り、なお絶望を煽るものだった。
「……俺、もう一回有沢と話して来る」
「な…っ」
 二度と彼に近付かなくなればいい、そんな気持ちが災いしたと言うのか。逆に雪之が気掛かり過ぎていても立ってもいられなくなった律誠は、珍しく冷静さを欠いたまま廊下を駆け出した。
「有沢!」
 階下へと続く階段に差し掛かっていた雪之の肩に手を掛け、振り向かせる。けれどすべてを察していたのか、或いは一切の関わりを面倒事だと割り切っているのか、その腕はにべもなく振り解かれた。
「俺に構うなと言ったはずだ。放っておいてくれ」
「嫌だ。話がある」
「俺はない。聞く気もない。……先に行く」
 食い下がろうにも割り込む余地すらなく、また背中を見送ることしか出来ない自分。いつになったら心は開かれるのか、いや開かれることなどあるのだろうかと、ただそればかりを考えて。
「……律誠」
 そんな腕を取ったのは追い掛けて来た和哉だった。自我を失い掛けていた肩は、そんな僅かな呼びかけにも過剰に反応し、見ている方が痛々しくなる。こうも彼の心に負担を掛けている雪之という男が許せない。そしてまた、トラブルメーカーを構う律誠自体が許せなかった。
「あんなヤツに構うなよ」
 精一杯の気持ちを込めた言葉。けれど律誠はそれを痛みと共に受け止め、受け入れ、曖昧に「困ったものだな」なんて苦笑して見せるだけで。
 どこまでも優しくて、バカみたいにお人好しの幼馴染み。吐き捨てたセリフにどんな意味が込められているかさえ気付かない。

 ───独り占めしたい。俺だけを見て欲しい。

 あぁ、なんて滑稽な結末。こんな時に自覚するなんて。まるで時限爆弾のような恋。気付いた瞬間タイムリミットが訪れる。
 もはや紡ぐ言葉はなく、紡がれる音もなく。
 沈黙の間を縫って予鈴が急き立てるまま、ふたりは無言で道を別れた。

guys #12 に続く