Monthly archives

 2007年10月 

guys #14 

←前話へ

笑顔と自戒の百面相を繰り返しながら教室へと戻る道すがら、律誠はまたも呼び止められた。
文化祭準備で浮き足立っている校内、生徒達でごった返す廊下ではそう声も届きにくいというのに、人並みを縫うように届いた声音には聞き覚えがある。振り返れば案の定、かつて自分をクラス委員に推した比奈有栖(ひな ありす)が立っていた。
「お仕事ごくろーさまー」
 そう言って小首を傾げる様は何とも愛らしく、名は体を表すと囁かれているだけある。
 小柄な外見、整った目鼻立ち。薄茶の目と似合いの栗色の髪はサラサラと流れ、見るからに小動物といった趣。だがこの可愛らしい外見で騙されがちだが、実のところ中身は非常に男らしく、サバサバとして時折腹黒いことを知る者は少ない。そうじゃなきゃ新聞部のエースとして豪腕は振るえないよね、とは有栖談。双子の弟と共に『報道ツインズ』として名高い彼の、そうした裏表を知る数少ない人間として律誠は昔から懐かれていたし、ある意味自分自身に正直な友を気に入ってもいた。
 今も、立ち去ってゆくテニス部レギュラーの後姿を見送りながら、目をキラキラと輝かせている。何かあるなと勘付く鋭さたるや半端ではなく、将来は刑事にでもなったらさぞや人の役に立つだろうなと呑気なことを考えている委員長の脇で、新聞部エースは早くも次の校内新聞の見出しを思い浮かべているようだ。
「なんか楽しそーだよねー」
「俺か?」
「律誠ニコニコしてる。あ、ニヤニヤしてるって言った方がいい?」
「……前者で頼む」
 この百面相はそんなに他者にインパクトを与えるのかと思うと情けなくなる。と同時に、そもそもの原因となった一大ニュースについて口止めされていないのをいいことに、律誠はあっさり口を割った。
「和哉がな、テニス部は女装喫茶やるって言うから」
「マジ!? あの人レギュラーなのにそんなこともすんの?」
 だが驚きは倍になって返って来ることになる。運動部などいくつあるかも把握していない生徒が殆どであろうに、そのひとつの部活の、更にレギュラーメンバーをも熟知しているこの情報量。
「よく知ってるな……」
 瞬きを繰り返す律誠を他所に、有栖はふふんと鼻で笑って見せた。
「情報命の新聞部を甘く見てもらっちゃ困るんだよねー」
 なんてったって徹底的な取材と比類なき文才で校内情報を牛耳るジャーナリスト志望ですから!と拳を握るお得意のポーズに爆笑しつつ、ふたりは連れ立って廊下を歩き始める。
「女装も珍しいネタじゃないけどさー。まさか常和でもやるとはねー」
「ちなみにメイド喫茶だそうだぞ」
「ゲ…ッ」
 顔を引きつらせ自我を失ったのはほんの一瞬。
 瞬く間に報道の使命感に駆られた有栖は、それなら写真部連れて取材申込みしとかなきゃと息巻いている。文化祭特集号の一面を飾るであろう衝撃的な写真を思い浮かべ、律誠は幼馴染みが起用されませんようにと僅かに残る良心で祈ったりした。
「にしても、それに比べてクラス展示はねー。なんていうか、悪くないんだけど」
「なんだ」
「テンションは下がるよね」
「……そうハッキリ言うなよ……」
 眉を下げながら苦笑を返す。
 確かに生徒達が率先してやりたいことかと問われれば答えに窮するのがクラス展示と相場が決まっている。環境問題や食糧事情、医療問題を取り上げるクラスが多い中、それでも2年E組は民族をテーマに言語、文化、芸術など多方面から光を当て、教室を訪れた人に実際に視聴・体験させ、更にはその様子をリアルタイムで配信したり、メディアに収めて持ち帰ってもらうという多角的な展開を予定している。国際文化に興味がある者、音楽や美術が好きな者、コンピュータやネットワークの扱いに秀でた者、機材の手配など裏方が向いている者、様々なタイプのクラスメイトを上手く配したやり方で、準備は順調に進行中だ。
「ウチはかなりまとまってる方だよね。A組なんてまだ分担決まってないって言ってたもん」
「オイオイ、1ヶ月後だぞ」
 ずっと己のクラスに掛かり切りで余所の様子を伺う余裕もなかったが、確かに自分達はハイペースな方だろう。
「やっぱ委員長の人柄だよねー」
「……それは俺を委員長にゴリ押しした良心の痛みか」
「何言ってんのー。お友達からの熱い推薦じゃん」
「あーそうかそうか。言っておくが、俺相手に小首傾げて見せても何の効果もないからな」
 ちぇっと唇を尖らすのに眉を下げつつ、ふたりはようやく到着した教室のドアを開ける。途端目に飛び込んで来る無法地帯ぶりに顔を見合わせ、プッと吹き出し。
「さて、気合いを入れてあと1ヶ月」
「頑張るヨー!」
 腕まくりをしつつ戦火に身を投じていった。

guys #15 に続く