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 2007年10月 

guys #16 

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「ねーねー、有沢さぁ、語学とか得意じゃなかったっけ」
「……は?」
 ショートホームルーム前のザワついた教室。
 退屈な授業が目白押しの水曜日のカリキュラムをこなしたクラスメイト達は、やっと解放されたとばかりノビをしたり級友と話に花を咲かせたりと思い思いに過ごしている。もう間もなく担任がやって来て連絡事項を伝えるまでの僅かな間、小柄な学生が話し掛けて来たことに雪之は理解が追い付かなかった。
 営業スマイルと呼べばいいのか、完璧なほどにっこりと微笑まれた表情の下が伺い知れない。ただでさえクラスに馴染むことをしなかった自分に用事のある者など殆どおらず、唯一絡むと言えば委員長ぐらいだ。この訪問も彼がらみかとチラと投げた視線を、だが有栖は見逃さなかった。
「律誠は関係ないよ。俺が興味あっただけ」
 先回りしてそれ以上の追求を逸らし、かつ穏便に術中に導く。あくまで個人的に知りたいのだと促す方法は、新聞部エースの得意技であった。
「ホラ、第二外国語でドイツ語取ってるじゃん。好きなのかなーと思って。英語の発音も綺麗だよね」
「……そりゃどうも」
 頬杖を突いたままだったけれど、まんざらでもない返事に有栖は心の中でガッツポーズを掲げる。難攻不落の敵は、思わぬところに抜け道を持っていた。
「中国語とか、韓国語とか、そーいうのは?」
「興味ないわけじゃないけど、使わないし」
「簡単な挨拶とかなら出来る?」
「……それなりに」
 ビンゴ♪
 見付けた。これだ。にんまりとした笑みに目を上げた雪之に詮索されぬよう、情報収集班は耳を寄せろと手招きをする。
「実はさ、有沢にやってほしいことがあるんだよね……」
 かくしてクラス展示へと繋がる導線は張られた。



 ジャーナリストの絶対条件は本質を見抜く力である、とは誰の弁か。
 とにかく今最も必要とされることはクラス全員での展示であり、雪之を引っ張り込むための最良の材料として、彼の語学能力に着目した有栖の千里眼は大いに評価に値するところだろう。
 民族をテーマにした場合、見た目の華やかさや面白さで衣装や音楽に目が行きがちだが、仕掛けとして用意しているのはそれよりむしろメッセージカードの "お土産" である。教室を訪れた人達に民族衣装を纏わせ、歴史や文化を紹介し、共に歌い、共に踊り、そうして馴染んだ頃にその国の言葉を語る。極短いフレーズであっても思い出に残るようにと目論むそれは、今後もここでの経験を活かして欲しいと願う律誠達の願いでもあった。
 ささやかだからこそ、色鮮やかな言の葉。
 雪之が適任かどうかはまだ分からない。それでも彼の役割が出来たこと、彼の得意分野を活かせること、そして団体行動が恐らく苦手であろう彼にとって負担の掛からない仕事であることに律誠は胸を撫で下ろす。
「比奈様々だな」
 ───そう、初めは思っていたのだが、現実は想像以上にやっかいだった。
 まず、雪之の出席がおぼつかない。学校に来てはいるのだが、気儘にフラリといなくなる癖はまだ直っていなかった。そうかと思うと昼食後の古典の授業なんていうのに律儀に出席していたりする。行動に一貫性がなく、まるで猫のようだった。組織に属することが嫌いなところまでそっくりだ。
 ゆえに、着々と準備を進めることなど性に合わないのか、まるで進捗がない。目に見えて周囲と差が開いてくるにつれ、クラスメイト達からは雪之起用を疑問視する声も上がり始めていた。
「委員長が推薦したって聞いたけど……」
「あー、あれって比奈が言い出したんじゃなかったっけ?」
「どっちにしても疑問じゃね?」
「あのふたりもよく有沢に構うよなー」
 そんなささやきが日増しに大きくなる。律誠は雪之を信じたく、有栖はそんなふたりを応援したかった。たったそれだけのことなのに、渦中の人物が歩み寄りを見せぬどころか本懐にさえ触れさせぬものだから、ふたりとてどうすべきか判断に窮していた、まさに、そんな時。
「昨日ロッカールームに置いといた模型、壊れてるって……」
 朝のショートホームルーム前。
 息咳切って駆け込んで来たクラスメイトのトップニュースでクラスは一時騒然となった。
 展示用に作っていたそれは、最後の担当者が棚の上に置いて帰ったという。当時夜も遅く、殆どの生徒が校内に残っていなかった中での突然の事態に、ふと、視線を集める者がいる───雪之である。
「……そういえば、鞄なかった?」
「有沢残ってたんじゃねぇの?」
 一斉に矢のような視線を集めてなお、表情を変えない異端児は、次第に声高になるブーイングにただ黙って耐えていた。まるで疎まれることに慣れているとばかり釈明しないのを逆手に取り、追い詰める更に声は続く。
「おまえ文化祭とか乗り気じゃないっぽいし、なぁ」
「これで展示潰れればとか思ったんじゃないのかよ」
「……オイ!」
 ダン、と律誠がの拳が鳴り響く。叩いた机は衝撃で大きくズレた。
「何も証拠がないのに言い過ぎだぞ」
「だって、なぁ……。普通そう思うじゃん」
 言い淀んで周囲を見回す彼は、普段なら明るいいいヤツなのに。
「もう少し歩み寄ろう。俺達に足りないのは信頼関係だ」
「委員長……」
「誰かが壊したかどうかも分かってない。有沢のせいだなんて言えないじゃないか」
 みんながすまなかったな。
 そう言い掛けて振り向いた先、指先から零れ落ちる砂のようにするりと雪之は身を翻した。
「有沢!」
「放っておけよ、委員長」
「ダメだ。今行かないとダメになるんだ。……比奈!」
「はいよ。任せとけ」
「悪い、頼む!」
 そうしてクラスの混乱を有栖に任せ、律誠は真直ぐに教室を飛び出した。

guys #17 に続く