guys #17
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廊下はこんなに長かっただろうか。
前方を行く人影を見失わぬよう目を凝らしながら走り続ける。体育館との渡り廊下、ふたり分の足音でスノコが甲高く鳴ることすら、もはや律誠の耳には届いていなかった。ただ、前を行く背中を振り向かせたかった。
「有沢───!」
ようやくのことで追い付き手を伸ばすものの、掴んだ左手の袖が大きく翻った次の瞬間、力任せに振り払われる。正面から向き直った表情は明らかな怒気を含んでいた。
「……俺に触るな」
「有沢……」
思わずたじろぎそうになるほどの目。だがそれを堪えてでも伝えたいことがある。
「さっきのこと、すまなかったな。みんな頑張って作っていたものだったから、つい何かに責任転嫁したかっただけなんだ」
「おまえ、うぜーんだよ」
「……な、」
だが、律誠が言葉を尽くそうとするほど相手は遠ざかってしまう現実。
「俺に付きまとうなって言ったよな」
「すまない。……でも、放っておけないんだ」
「そーやってイイコ面してるあたり最悪だ」
蔑んだ眼差しの奥、覗く孤独感に気付かぬほど鈍感ではない。自分は、彼が思うような面倒見の良いお人好しなんかじゃない。ようやく胸を叩く衝動の行方を知る。
「言い方を間違えたようだ」
静かな声音は決意の表れだった。
「知りたい。知って欲しい。誰でもじゃない。……おまえだからだ」
「……んだよ、それ。頭おかしくなったのか」
思い掛けない言葉に雪之が身構える。恐らく想像していたのとは真逆の方向からの切り返しだったのだろう、距離感を計り兼ねている感があった。一瞬フラットになった思考を見逃さず、律誠は言い含めるようにゆっくりと告げる───己の、本心を。
「どうやったら近づけるのか、ずっと考えていた」
コツ、と一歩踏み出す。スノコが鳴る。
「有沢。分かり合いたい」
「く、来るなっ」
真剣な表情に圧倒された相手は、ただなされるがまま後ずさった。半分パニックに陥っているであろう状況下、判断する時間を与えない攻め方は最も深層を探るのに適していると本能が告げる。腕を突き出しガードしようとするのを潜り抜けると、律誠は両手で相手の二の腕を掴んだ。
「教えてくれ。どうしたらいい」
「やめ…っ テメ、いい加減に……っ」
もがいた拍子、咄嗟に繰り出された拳が委員長の頬を直撃する。
食い縛った奥歯に響く衝動。覚悟していたとはいえ、予想以上の痛みにすぐに口を開くことも出来ない。殴られると分かっていながら避けなかった律誠に、雪之は動揺を隠せずにいた。
「な、んで……」
避けなかった、と続く声は風に掻き消された。
「理由なんかない」
震える指先は赤くなった右の頬に添えようというのか、けれど躊躇いがちに行き場を失う掌を律誠はそっと包んで自ら頬を寄せた。
「友達になりたい、大切だから」
指先から伝わる温度。流れ込む相手の想い。
ようやく委員長としてではなく、ひとりの少年として向き合った問題児は、けれど今しがたの所業を思い俯いた。
「……ハハ、殴ったこと気にしてるのか」
頷くでなく目を逸らすでなく、答えを返せずにいるのに目を細め、律誠は柔らかに笑う。困ったような顔で下を向いている雪之は年相応に幼く、何故か安心する。およそ彼のこんな表情を見たことがなかった。
「だったらそのお詫びでもいいから、俺に特権をくれないか」
だから、だろうか。悪戯にも似た小さな思い付きが口を突く。
「名前で呼んでくれ。"委員長" でも "片岡" でもなく」
「はぁ!?」
「俺も、有沢のことを名前で呼ぶよ」
いいだろう?と目を細めてみせる姿が逆光に被る。輪郭線を溶かすように降り注ぐ光は雪之の胸にも暖かさを与えた。
「ゆきの」
「……っ」
「雪之。いい名前だな」
そう言って照れ笑いする頬にはほんのりと赤みが差している。だが、それに負けないくらい朱を上らせている雪之は、気恥ずかしさと混乱で二の句を告げずにいた。
「な、おま…なに、勝手に…っ」
「殴っただろ」
「……う、」
「嘘だよ。そんな取引をしたいわけじゃない。ただ、友達になりたいんだ」
そう言ってにっこりと笑えば、彼の人はしどろもどろに反論する。
「ひ、広めんなよっ」
「……ん?」
「名前っ。男らしくなくて好きじゃないんだからな」
そう、これまで誰にも許したことなんてなかった。小さい頃からコンプレックスだったのだ。それをこんなにも容易く、スルリと懐に入り込まれペースを乱されている。その上、強引に約束を取り付けた相手といえば、真意を測り兼ねるといったように笑うばかりで。
「鈍いヤツだな。初めてなんだよ、名前呼ばせんのっ」
「そうなのか」
「おまえだけだかんなっ」
だから仕方なく本懐を晒せば。
「……あぁ」
ようやく合点がいったと頷くくせに、続く言葉で雪之の努力も水の泡。
「分かった。俺は、特別なんだな」
「〜〜〜!」
もう泣きたい……。
雪之が力尽きそうになる傍らで、至極機嫌のいい律誠は、そういえば、と続けた。
「俺の名前、覚えてるか」
「忘れたいけどな。律誠だろ」
これ以上何か言われるのは堪らないとぶっきらぼうに返したものの、それが却って仇となる。顔を上げ、見返した相手が満面の笑みを浮かべていることで、雪之は頬を引きつらせた。
「……なんだよ」
「いや……」
言うなれば、破顔、というのがぴったりな笑み。
「嬉しいな、と思って」
言葉を聞いて。顔を見て。脳が正しくその意味を理解するに至り、然る後。
「てめぇいっぺん死んで来いー!」
雪之の大声が渡り廊下一杯に響き渡った。
guys #18 に続く
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