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 2007年10月 

guys #20 

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 時刻は既に21時を過ぎていた。
 眩しいくらいの街灯を路地に入れば、途端足元さえおぼつかなくなる。閑静な住宅街であるこの辺り一帯は、近隣の新興住宅地や公園を含めてもこの時間に騒がしくなることはまずない。時折会社帰りのサラリーマンが家路を急ぐ他人と擦れ違うこともなく、次第に深くなる闇に溺れるばかり。
 シン、と静まり返った道路を、もう何十回、何百回と通い慣れた家に向かう。そこは自宅ではなく、気心の知れた───友情を越えた想いすら内包する幼馴染みの住む場所だった。
「………どうした、遅くに。家に来るのは久しぶりだな」
 携帯電話で門の外まで呼び出した相手は、何ら疑うことなく穏やかに声を掛ける。いつもと変わらぬ笑顔で迎えてくれるのが嬉しかった。
「悪ィ、急に。もう飯食った?」
「あぁ。今はクラス展示のスケジュール調整してたんだ」
「あーあー、やっぱ家でも仕事してたか。おまえ少しは息抜きしろって」
「……言われると思った」
 肩を竦めて笑うものだから、和哉もつられて苦笑する。
「そういえば文化祭で思い出したけどさ、C組は随分準備進んでるって聞いた」
「お陰様でなんとか、な。いろいろあったけど無事まとまりそうかなって」
「よかったじゃん。さすが委員長様々」
「違うよ。皆が頑張ってくれてるんだ」
 それに、と付け加える顔が僅かに柔らかさを帯びたことで、和哉の第六感は警鐘を鳴らす。だが現実は止めようもなかった。
「皆で同じゴールを目指して走るのは、やっぱり気持ちいいよ。誰ひとり欠けることなくそれが出来るのが一番嬉しい」
 あぁ、曇りのない真直ぐな笑み。その背景にあるものなど容易に知れる。
 雪之が次第にクラスに馴染み始めていることは噂で聞いた。目の前の幼馴染みと急激に親しくなっているらしいとも伝えるそれを、自分は身を切られるような思いで受け止めたのだ。
 大切な幼馴染みにとってマイナス因子としか思えない彼。積年の友情さえあっさりと飛び越えられそうで堪らなかった。自分の存在意義が泡沫のように消えてしまいそうで、頭では馬鹿げたことだと分かっていても、気持ちがそれに追い付かなかった。
「………そ、か」
 絞り出すように声にしたのは僅かにそれだけ。
 先程雪之を見掛けて律誠を思い出し、律誠に会っては雪之を連想する。まるで連鎖反応のように延々と繰り返すメビウスの輪に、辛うじて保っていた和哉の精神はジリジリと音を立てて焼け焦げてゆく。遂に幼馴染みの口から雪之の名が出た途端、幸せそうに笑うのが悔しくて和哉はすべてを放り投げた。
「……さっきも、見たぜ」
「え…?」
 聞き返したのは、唐突な態度の変化に戸惑ったからか。
「あいつ……また、ヤバそうなヤツらと連んでた」
「有沢が?」
 目が見開かれたのは、信じたくないという意の現れか。
「……どの辺りで見たか、覚えてるか」
「中央町。市役所の向こう」
 闇に閃く瞳が色を変えてゆく。
 凝視される視線の先、残像すら残らない瞳の奥、それでも懸命に凝らされる目に激しい嫉妬が掻き立てられた。何故こんなにもあの男を気に掛け、そして目の前にいる自分に気付かないのか。どうして与えても何も返さない者を求め、そして与えようとするこの手を振り解くのか。
「律誠」
 正面から名を呼ぶ。奥歯がくぐもった音を立てる。
「……和哉悪い。折角来てくれたけど、俺、探しに行って来る」
 返された答えは最悪のシナリオへと続いてゆく。
 部屋着の格好のまま石段を下り、道路へと駆け出して行く後ろ姿に追い縋ることしか出来なかった。
「オイ、律誠、ちょっと待てよ!」
「ごめん。ありがとう」
「おまえ……なんで……っ」
 もはや振り返ろうともせず、小さくなって行く背中。返らない答え。還らない想い。
 闇の中、足音だけが遠離って行く。

guys #21 に続く