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 2007年12月 

cross #28 

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「戸惑われても無理はありません」
 疑念さえ見透かすように蘇芳は目を細めて見せた。
「始祖は、一族の核ともいえる存在です。始祖が封印されることは即ち我々全員の灰化を意味します」
 つまり、自分の死は絶対、ということなのか。
「スレイヤーはいつどこにいるか分かりません。こちらと同様強大な組織力を誇り、あらゆる手を尽くして吸血鬼の根絶……とりわけ始祖の封印に躍起になっています。僅かな痕跡を残したが最後、地の果てまでも追い掛けて来るでしょう」
 蘇芳が月光に吸い寄せられるように目を上げ、つい、と窓の外を仰ぎ見る。まるで空を漂うその視線は何も写してはいなかった。
「なんと美しい浄光でしょうか……。こんな風に月が満ちても変化が訪れぬよう、あなたの中の力を抑える術も施していたのですよ」
「だから、今まで……」
「はい。日常生活を送る上ではまったく気付かれなかったはずです」
「なのに……っ」
 そう、確かに昨夜。
「……えぇ。まさか我々の封印が解かれるとは思いませんでした」
 肉の契り、或いは心の動きによって。
「彼とあなたが接触した時、止めるべきでした。一時的なことであるならと黙認したことで、却って傷が大きくなってしまった……」
「それって、キリエのこと?」
 ポツリ、呟く。
 返事を待たずとも蘇芳の口調からは歴然で、恐らくは自分は常に監視されていたのだろう。キリエとの関係も想いも何もかも知られているに違いない。始祖とは唯一絶対の存在にして、周囲のためにこそ生きているのだと言い換えても遠くなかった。
「キリエ…」
 名を呼び、気配を探す。
 名を叫び、腕を求める。
 ここにいない。隣にいない。どこにもいない。愛する人がいない。
「キリエ……!」
 突き上げる苦しみも、焼け付く痛みも、彼に会うまで知らなかった。
 言葉にならぬ喜びも、焦がれる切なさも、彼を愛するまで知らなかった。
「冬夜様…」
「……蘇芳。俺、泣いてるの……?」
 頬を零れ落ちる涙を拭くこともせず。
「………あぁ、そっか」
 長い逡巡の後、冬夜は静かに口を開く。そこには混乱も拒絶も何もなく、すべてを受け入れ絶望に窶された表情の少年が立っていた。

「俺、寂しいんだ───」

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ようやく自分の身に降りかかった火の粉を受け止めた冬夜。
けれどそれは想いを痛感させ、更に悲劇を招くとも知らず……。

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cross #29 に続く

cross #27 

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 事態は淡々と、だが確実に転機を迎えていた。
 キーワードを拾い上げた冬夜は眉を潜め、確かめるように言葉を紡ぐ。
「……今、先天的な性質、って言ったよな?」
「はい。これもお話しなければなりませんね。───私と違い、冬夜様は生まれながらではなく、後天的に吸血鬼になられました。この場合、その時点から歳を取ることがありません」
「……歳を、取らない……?」
「はい。冬夜様は17歳の頃から外見上の変化がありません。無論、日々の経験や知識は積み重ねられてゆきますが、お姿は昔のままです」
 思い当たる気がする。不安がまた煽られてゆく。この続きを自分は知っている気がした。
「ご自分の意思とは関係なく、引越しを繰り返しながら生活している、と思われたことはありませんか」
「あ……」
「外界との接触を持つことなく、他人と交わりを持つことなく、生きていると感じたことはありませんか」
「あ、あ……」
「これは一重に、何年経っても変わらないあなたを不審に思う者が出ないように、との苦肉の策です」
 確かに根付いた場所はどこにもない。深い関わりを持った者もない。ただ生きているだけの毎日で、それを繰り返すことすら疑問に思ったことがなかった。
「私達は、始祖である冬夜様をお護りするために、敢えてあなたの記憶と力を封印しました。元々始祖であるあなたは日の光や銀に耐性がおありでしたが、それ以外にも水やガラスなど、様々なものに対する抵抗力を施したのです」
 川の流れを飛び越えられたでしょう、と付け加えられるのを聞きながら、冬夜は呼吸を繋げなかった。自分を暴かれる未知の恐怖に言葉すら出ない。そんな彼の心中を察してか、蘇芳はなおも穏やかな口調で淡々と続けた。
「この家に鏡はないはずですが、いかがですか」
「……うん。ない、けど……」
 まさかそれも、と続く声は音にならずに消えた。
「えぇ。私達があなたの記憶を操作した結果です。さすがに鏡に映らないとなればあなたにも気付かれてしまう。私達の目的は、冬夜様本人にさえ悟られないよう始祖の存在を隠し通すことでしたから」
「そう……なんだ……」
 急激な混乱に目の前がぐにゃりと歪む。
 一体、この身に残る記憶とは何なのか。
 そして始祖であるという自分をそうまでして護る目的とはどこにあるのか。

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頻繁な引越し、鏡の件、吸血鬼の4条件としてキリエが判定した項目 etc...
いろいろ一気にネタばらし。明日は更に核心に触れていきます。

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cross #28 に続く

cross #26 

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 蘇芳は、文字通り吸血鬼に関するありとあらゆるを熟知していた。
 そればかりではない。冬夜が事の顛末───つまり過去の記憶を持たないことについても順を追って話し得た。
「………うそ」
 すべてを聞き終えた最初の言葉。信じられなかった。彼は自分を "始祖" だと告げた。
「本当ですよ。冬夜様は17歳の時、突然変異的に吸血鬼になったのです。当時は原因を突き止めるだけの技術も……そして余裕も、誰にもなかった」
「当時って、いつ……?」
「数百年は昔です。現代で言えば中世と呼ばれるでしょうか。住んでいるのも日本ではありませんでした。……尤も、度重なる戦争や独立で当時の国はなくなってしまいましたが……」
 穏やかに語る口調が、まるで話の内容と重ならない。懐かしい思い出をあやすような表情はどこか遠く、現実離れして見えた。
「吸血鬼となったあなたは仲間を増やし、やがて勢力を拡大します。人々はあなたを恐れるようになり、人間との不文律が発生しました。彼らはあなたを殺そうとし、私達はあなたを護ろうとしました。それが長い戦いの始まりです」
 まるで空中に放り出されたような感覚。不自然なまでの静けさがふたりの背負う重さを物語る。だからこそ、口を開いたのは事実究明ではなく、恐怖を誤魔化すための策とも言えた。
「仲間を増やすって……やっぱり、その、血を吸って……?」
「えぇ。それが一番多いでしょうね。または私のように吸血鬼を親に持つ子供というケースもあります。何代か人間の血で薄まれば力はなくなってしまいますが」
「吸血鬼って、死ぬの?」
「いいえ。スレイヤーによる封印以外、余程のことはない限り寿命が尽きることはありません」
 嫌な予感。腹の底がしくしくと痛み始める。
「……だからさっき、俺が名づけたって……」
「はい。私は両親を吸血鬼に持ってはいますが、先天的な性質からある程度肉体が成長します。外見的には年が上とお思いでしょうが、実質的には何代か離れております」
 不思議な感覚。見た目とは裏腹な事柄───否、認めたくないが事実なのかも知れない。
 不安に煽られるまま見上げる瞳。
 夜の光を映して紅に閃く双眸は確かに常人のそれではなく、彼の言葉を後押ししてゆく。
「蘇芳……」
 名を唇に乗せ、欠けた記憶を手繰り寄せる。
 剥落の月がせせら笑った。

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いよいよ冬夜の過去編です。これがあとちょっと続く予定。
リンクも張り続けておりますがのでそのへんもお楽しみに(^-^)

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cross #27 に続く