cross #31
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吸血鬼と人間との間に生まれた子供は吸血鬼を発見・退治する特別な能力を持つと言われ、中世においては実際に吸血鬼退治を職業もしくは副業としていた者も存在していた。これが即ちヴァンパイア・スレイヤーの本性。何度自殺を図っても死ななかったのはスレイヤーだからではなく、吸血鬼の血が混じっていたからなのだ。
これですべてが繋がった。
裏蓋のイコンはキリエの出生に関わる事実だったのだ。
「あ、ぁ…………!!」
唯一の肉親である母親も、かつて将来を誓った恋人も、共に吸血鬼に奪われたというのに、この身体の半分がその忌むべき血で染まっていたなんて。吸血鬼の根絶だけに命を賭け、根絶やしにすることだけを考え続けてきた自分自身がそのターゲットだったなんて。
あまりのことに泣くことも叫ぶことも出来ず、ただブルブルと震え続けている青年は、生きることの意味も価値も何もかもを放棄していた。受け入れ難い現実に心は砕け散り、然る後正気を失って昏倒する。
雲が月を飲み込み、彼を闇に隠した。
自らの生い立ちに対する衝撃が一段楽する頃、覚えのある感情が浮上した。
それは何度振り払っても消えない冬夜の存在。彼の声、彼の温度、彼の匂いを思い出すたび苦しさで心が引き千切れそうだった。
彼が吸血鬼である以上、封印しなければならない。かつての恋人のように、自分の、この手で。愛する者を手に掛けることがどれほど罪深いことか、そして未来永劫背負い続ける十字架になるだろうことも、自分は知っているのに。
あぁ、何の意味があって同じ過ちを繰り返すのか。この世に存在してはいけない者を抹殺することが仕事だというのなら、いっそ生業など放棄していい。それ以上に大事なものなど何ひとつなかった。
そんな想いを反映するかのように、ある時キリエは自らの手で彼を封印する夢を見る。
血で真っ赤に染まった両手を呆然と見下ろす足元、ぐったりと床に沈む塊。それが冬夜であることなど明白で、かつて自らの胸に刺さった白木の杭は、今深々と彼の心臓を貫いている。既に呼吸はなく、温度もなく、二度と応えないものとなった存在を呆然と見下ろしたところで目が覚めた。
「冬夜…!」
声を上げて。手を伸ばして。指先には冷たい都会の空。
生々しい感触。最後の言葉。やがて消える小さな鼓動。
……耐えられない。耐えられるわけがない。彼がいないこと。彼を失うことなど。それがどんなに辛いか嫌と言うほど分かっている自分にとって、取るべき道はふたつにひとつ。
それを見極めるため、キリエは立ち上がった。
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自分の出生を知らなかったら、キリエは過去のトラウマを濃くしてでも
冬夜を封印しようとしたかも知れません。
でも今となってはどう転ぶか。いい方にいかせたい……!
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cross #32 に続く
cross #30
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月がその姿を半分に細らせるまでの間、キリエは寝食も忘れて夜の街を彷徨い続けていた。
自らの手で志を手折った罪の意識に苛まれ、いっそ死んでしまおうかとさえ思ったが、何度試みても必ず甦生してしまう身体はもはや己の制御下ですらなく、どうすることも出来なかった。
痛みはある。苦しみもある。それなのに一線を越えることが出来ない。恐らくスレイヤーとして身に備わったのであろう特殊な力は、こんな時皮肉なものだと思った。
派手なネオン。光の渦。煌びやかな街は空っぽの心をリアルにする。暴かれて怖いものなどもう何もないはずなのに、それでも虚勢を張ろうとするのか、或いは偽りの安息を得るためなのか、放浪者は入り組んだ路地裏に身を滑らせ、暗闇の中に蹲った。
その時、胸元でチャリ…と音がする。
「あぁ…」
いつも肌身離さず身に付けていたロケットペンダント。母親の形見だった。
そっと鎖を辿り、古びたそれを掌に乗せる。自分に父はいなかったし、母もまた随分前に亡くなった。今となっては肉親の面影を残す唯一の品。中に入れていた写真は時間と共に風化し、もはや形を残してはいないけれど、それでも大切なものだった。
嵐の中、灯火を守るように両手でそっと蓋を開ける。高いビルが密集する僅かな隙間、雲間に覗く月が一直線に届いたことはまさに偶然の産物だった。
「……え?」
蓋の内側、僅かな隙間。単なる装飾だと思っていたそれが、実はもう一枚の裏蓋だったなんて。
震える手で爪先を差し込み、手前に引くと、まるで開けられるのを待っていたかのようにすっと開く。だが中に彫られた刻印を見たキリエの表情は瞬く間に激変した。
「な…っ」
そこにあったのは十字架と棘───吸血鬼を表すイコン。
「どうして……」
母親は吸血鬼ではない。またこれは魔除けとして身に付けるものでもない。だとすれば彼女、もしくはそれを託された自分がこれを持つ意味は何なのか……。
改めてキリエは手中のロケットに目を落とし、不自然なことに気が付いた。
イコンを彫るなら本来は蓋の裏とするところ、これは裏蓋の中、それも極力人目を憚る格好で施してある。これが血族のみに秘かに伝えるべき情報なのだとしたら、恐らくは忌避の対象となる何かがそこに存在するのだろう。優しく穏やかだった母からは想像も出来ないことだけに、キリエはささくれを噛み締めていた。
敬虔なキリスト教徒だった母。
最後まで父親の名を明かすことなく亡くなったあの時、自分はまだ10歳にも満たなかった。その後は親戚に預けられたり、知らない街を点々としたりと激動の人生を駆け抜けるばかりで当時を振り返る余裕もなかったけれど、今思えばその死にはやや不自然なところがあった。
彼女は20歳そこそこで自分を生んだはずなのに、そのわずか10年後死んだ原因は老衰なのだ。時間の感覚が常人のそれではない。こんなことは普通では考えられない。
「……!」
そこまで思い巡らせ、キリエはある恐ろしい事実に行き当たった。昔聞いたことがある───吸血鬼の子を産んだ女は数年と経たずに老いて死ぬと。
「う、そだ……」
手が冷たくなってくる。喉がカラカラに渇いてゆく。
「バカな……」
あぁ、マグダラのマリア。
聖母が神の子を身籠ったように、あなたもまた、悪魔によって命を授かったというのですか。
「そんなバカな……!!」
絶叫がコンクリートに反響する。恐ろしい仮説に身悶えながらも、けれど同時に最後の謎が解ける音を聞いた。
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予想だにしなかった出生の秘密に混乱し、絶望するキリエ。難しいです。
(ちなみに吸血鬼に関して、この回のみ史実ではなくオリジナルのものが
混じってますので、広い心で受け止めてやってくださいね)
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追加でお知らせ:
12/30 00:00 で予約投稿していたましたが、
何故か更新されてなかったみたいです。何のための予約なのか……。
足を運んでくださった方々、遅くなってしまってすみませんでした(>_<)
cross #31 に続く
cross #29
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言葉にすることで無意識の領域から晒された感情は、自覚した途端、焦がれ求める想いに変わった。
「……俺、寂しい。なんでかな」
呟く声は乾いた床に転がってゆく。部屋の一点だけを見つめ続ける冬夜が現実世界にいないことは明らかで、だからこそ蘇芳はその痛々しさに目を細めた。
「人は、人と出会うことによって孤独を知るのです」
「そう……そうかも知れない」
「冬夜様」
「俺、初めてだったんだ。誰かと過ごしたのも、ずっと一緒にいたいと思ったのも。……きっと他の誰かじゃダメだったんだ。キリエだから、俺……っ」
秘めた情熱が身体を巡る。捌け口を求めて溢れ出す。俯いた顔を上げた時、両の頬には涙の伝う跡があった。
「会いたい。俺、キリエに会いたいよ!」
「冬夜様……」
あぁ、彼は気付いていないのだろう。それが叶わぬ恋であることも、命を狙われていることも。
遣いの心中知らず一心に訴え掛ける姿は純粋で、だからこそ残酷だった。だがどんなに心痛んだとしても隠し通すことは出来まい。一族のため、そして始祖である冬夜のためにも蘇芳は意を決して口を開いた。
「……冬夜様、落ち着いてお聞きください」
低い声音に不安なものを感じた少年は眉を顰める。
「彼はただの人間ではありません」
「……それ、どういう……」
言い掛けた言葉は、ある仮説に飲み込まれた。
「まさか、キリエも吸血鬼なの?」
「いいえ」
一縷の望みを賭けた問いは一刀両断され、代わりに。
「……彼は、スレイヤーです」
喉元に突き付けられた刃。
「吸血鬼を封印することを生業とする者です。……もうお分かりでしょう。彼は、私達の天敵なのです」
「な…っ」
瞠目したまま息を飲む。
器官のヒュッという音が静かな空間を引っ掻いた。
「嘘……嘘だろ? なぁ、冗談だよな?」
「いいえ。間違うことなき、事実です」
追い縋るのを宥め、蘇芳はただ淡々と言葉を紡ぐ。だがそれは事実を伝える以上に、冬夜を奈落の底に叩き込んだ。
「彼があなたの極近くまでやって来たのは、恐らく始祖の居場所を突き止めたからでしょう。我々の仲間が逆襲を試みましたが、止めまでは刺せなかったようです」
「……!」
出会った時の光景を生々しく覚えている。キリエの身体から流れていた大量の血液。あの胸の傷は事故によるものではなく、自分の仲間、即ちこの血と繋がる何者かが与えたものだったのか。それはつまり、この手で彼を傷付けたにも等しい。
「なんて、ことを……」
「我々は常に命を奪うか、奪われるかです。そこに馴れ合いは存在しません」
自責の念に駆られる始祖に厳しく進言した蘇芳は、表情を崩さずに続けた。
「冬夜様。彼はあなたが吸血鬼であることを知って出て行きました。ですが近いうち、必ず戻って来るでしょう。……あなたを、封印するために」
「キリエが、俺を……!?」
そんなバカな。
だが声は音にならずに消えた。
「彼は、あなたを殺しに来ます」
それはまるで確信のように。
受け止めきれない現実に終に冬夜は意識を手放し、蘇芳の腕に崩れ落ちる。
瞼の裏、愛しい面影を追って───。
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愛する人を傷付けた罪、そして命を狙われる運命に翻弄される冬夜。
明日からはキリエの葛藤をお送りします。
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