cross #22
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声にならない声は闇に落ち、冷たい床に転がっていった。
まさか、吸血鬼だなんて───。
どうして。どうして。この目で見、この耳で聞いた。確かめたはずだ。吸血鬼の条件とされるものすべてに彼は該当しなかったのに。
「……!」
その時、ある考えがキリエの中に浮かぶ。それは、これまでフィールドプレーヤーとして駆け回ってきた経験自体がフィルタになるという最悪のケースだった。
──この家に鏡はないの?
──うん…どうせ見ないから……
この遣り取りを、自分はさほど気にすることもなく受け流した。彼には必要ないのだろうと。だが答えの深層が他にあったとしたらどうだろう。たとえば、"鏡に映らないから"、という理由で。
「……なんてこと……」
見逃していた。完全に気付かなかった。
他人の心を支配することが出来る吸血鬼は悪しき者で魂を持たないため、鏡に映らないとされている。これまで路上でしか彼らに対峙したことのなかったキリエの盲点だった。太陽の光や銀の食器は順応出来てもこれだけは誤魔化すことが出来ない。他者から秘密を守るのだとしたら、鏡を倦厭して当然だった。判定は完全に覆された。
順応が意図的なものか否かは分からない。彼の心理的な変化、或いは……肉の契りか。
「そんな……」
この関係が始まった日も満月だった。あの日、身体が熱いと言っていた彼の言葉は、今思えばあれは "覚醒" だったのだ。この世で最も忌み嫌う吸血鬼をこの手で目覚めさせた恐ろしい事実。
「キリ、エ……」
恐る恐る響く小さな声。
恐らく何が起こったかは分からないまま、相手の変貌にただ驚いているのだろう。上目遣いの怯えた瞳を見下ろし、キリエは必死に胸の痛みを押し殺した。
耐えられない。
なくすこと、そればかりを恐れるほど自分は彼を愛し始めていたのに、相手が吸血鬼だったなんて。かつての恋人の命を奪い、ふたりの人生を滅茶苦茶にしたばかりでなく、起き上がった彼女をこの手に掛けるという深い十字架まで負わせた存在。たくさんの命を犠牲にし、たくさんの血と涙を流させ、悪夢だけを強いてきたもの。だからこそ根絶を誓い、今まで生きてきたのに。
その吸血鬼を愛してしまうなんて───。
「……っ」
自分を許すことが出来ず、キリエは家を飛び出した。
「キリエ!」
噛み締めた唇、握り締めた掌。それらが震えていることなど気付かれぬまま、追う声を振り切るように一気に夜をひた駆ける。
心には絶望だけが広がっていた。
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明日からは冬夜のエピソードを重点的ににお送りします。
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cross #23 に続く
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