Monthly archives

 2007年12月 

cross #25 

←前話へ

 薄暗い室内。溶け込むような黒檀の髪色。
 無言で対峙していた時間は僅かなようにも、無限にも思えた。混乱の極みに立たされている冬夜には現状を分析することなど出来ず、ただじっと相手を見つめている。無垢な子供のような様に訪問者は穏やかな笑みを浮かべ、そっと口を開いた。
「……冬夜様」
「……っ なんで、俺の……」
「驚かれるのも無理はありません」
 そう言って音もなく歩み寄る美しい人。正直男なのか女なのかも分からなかった。
「あなたは今、自分自身の、そして周囲の急激な変化に戸惑っていらっしゃる。……けれどご心配はいらないのですよ。私がこれからすべてをお話いたします」
 だからどうか、ご安心ください。
 そう目を細めるのを見、冬夜はようやく我に返る。いつの間にか口内はカラからに乾いており、無理に唾液を飲み込もうとすると喉が引き攣れ痛んだ。
「おまえ、何者なんだ……」
 未だ手負いの獣のように緊張感を解こうとしない冬夜に対し、彼の人はゆるりと微笑む。
「私は、あなたと同じ血の者」
「……え……?」
「あなたの同族、あなたの血を継ぐ者。……私も吸血鬼ですよ」
 鈍器で頭を殴られたような衝撃。予想だにしていなかった言葉に冬夜は軽い眩暈すら覚えた。
 よもや自分以外にも同じ存在があるなど……。いや、考えればあり得ないことではないのは分かるが、感情が理性に追いつかない。戸惑う家主をそっとソファに座らせ、自分も傍らの椅子に腰掛けると、訪問者は改めて頭を下げた。
「お久しゅうございます、冬夜様」
 同族の遣いと名乗る彼、蘇芳(すおう)はそう言って目を細める。
「……俺に、会ったことがあるの?」
「はい。冬夜様は覚えておいでではないと思いますが、以前何度か」
「えと、その、ゴメン……」
「いいえ。冬夜様のせいではありません」
 吸い込まれそうな笑顔。穏やかな声は優しいチェロの音色のように少しずつ冬夜の心を解き解してゆく。
「蘇芳さん…て、綺麗な名前だな」
「……ふふ。冬夜様は本当にお変わりない。私のことは "蘇芳" とお呼びください」
 初対面の、しかも明らかに自分より年上であろうこの雅やかな人を呼び捨てなどと、と面食らっていると、それを打ち消すように蘇芳が口を開いた。
「蘇芳という名は、あなたからいただいたものですよ」
「……え?」
「蘇芳色は黒味を帯びた赤色のこと。凝固しかけた血液の表現に使われるのを知って、あなたが私にくださったんです。───私が、吸血鬼として生まれた時に」
「それ、どういう……」
 自分より7、8歳は年上であろう訪問者に自分が名前を付けたということが理解出来ずにいると、蘇芳は「すみません」と苦笑した。
「お会い出来たことが嬉しくて、つい……」
 居住まいを正し、視線を戻し。
 見返した瞳は先ほどとは打って変わって真剣だった。

「これから、順を追ってお話いたします───」

----------
平安時代の宮中文化『襲色目』にハマって以来、蘇芳が好きです。
(イメージで言うとワインレッドあたりの色)
この蘇芳を「凝固しかけた血液」と表現しているのは『今昔物語』なんですよ。

お気に召しましたら「BL小説」バナー↓をクリックしていただけると嬉しいです♪

cross #26 に続く