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 2007年12月 

cross #30 

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 月がその姿を半分に細らせるまでの間、キリエは寝食も忘れて夜の街を彷徨い続けていた。
 自らの手で志を手折った罪の意識に苛まれ、いっそ死んでしまおうかとさえ思ったが、何度試みても必ず甦生してしまう身体はもはや己の制御下ですらなく、どうすることも出来なかった。
 痛みはある。苦しみもある。それなのに一線を越えることが出来ない。恐らくスレイヤーとして身に備わったのであろう特殊な力は、こんな時皮肉なものだと思った。
 派手なネオン。光の渦。煌びやかな街は空っぽの心をリアルにする。暴かれて怖いものなどもう何もないはずなのに、それでも虚勢を張ろうとするのか、或いは偽りの安息を得るためなのか、放浪者は入り組んだ路地裏に身を滑らせ、暗闇の中に蹲った。
 その時、胸元でチャリ…と音がする。
「あぁ…」
 いつも肌身離さず身に付けていたロケットペンダント。母親の形見だった。
 そっと鎖を辿り、古びたそれを掌に乗せる。自分に父はいなかったし、母もまた随分前に亡くなった。今となっては肉親の面影を残す唯一の品。中に入れていた写真は時間と共に風化し、もはや形を残してはいないけれど、それでも大切なものだった。
 嵐の中、灯火を守るように両手でそっと蓋を開ける。高いビルが密集する僅かな隙間、雲間に覗く月が一直線に届いたことはまさに偶然の産物だった。
「……え?」
 蓋の内側、僅かな隙間。単なる装飾だと思っていたそれが、実はもう一枚の裏蓋だったなんて。
 震える手で爪先を差し込み、手前に引くと、まるで開けられるのを待っていたかのようにすっと開く。だが中に彫られた刻印を見たキリエの表情は瞬く間に激変した。
「な…っ」
 そこにあったのは十字架と棘───吸血鬼を表すイコン。
「どうして……」
 母親は吸血鬼ではない。またこれは魔除けとして身に付けるものでもない。だとすれば彼女、もしくはそれを託された自分がこれを持つ意味は何なのか……。
 改めてキリエは手中のロケットに目を落とし、不自然なことに気が付いた。
 イコンを彫るなら本来は蓋の裏とするところ、これは裏蓋の中、それも極力人目を憚る格好で施してある。これが血族のみに秘かに伝えるべき情報なのだとしたら、恐らくは忌避の対象となる何かがそこに存在するのだろう。優しく穏やかだった母からは想像も出来ないことだけに、キリエはささくれを噛み締めていた。
 敬虔なキリスト教徒だった母。
 最後まで父親の名を明かすことなく亡くなったあの時、自分はまだ10歳にも満たなかった。その後は親戚に預けられたり、知らない街を点々としたりと激動の人生を駆け抜けるばかりで当時を振り返る余裕もなかったけれど、今思えばその死にはやや不自然なところがあった。
 彼女は20歳そこそこで自分を生んだはずなのに、そのわずか10年後死んだ原因は老衰なのだ。時間の感覚が常人のそれではない。こんなことは普通では考えられない。
「……!」
 そこまで思い巡らせ、キリエはある恐ろしい事実に行き当たった。昔聞いたことがある───吸血鬼の子を産んだ女は数年と経たずに老いて死ぬと。
「う、そだ……」
 手が冷たくなってくる。喉がカラカラに渇いてゆく。
「バカな……」
 あぁ、マグダラのマリア。
 聖母が神の子を身籠ったように、あなたもまた、悪魔によって命を授かったというのですか。
「そんなバカな……!!」
 絶叫がコンクリートに反響する。恐ろしい仮説に身悶えながらも、けれど同時に最後の謎が解ける音を聞いた。

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予想だにしなかった出生の秘密に混乱し、絶望するキリエ。難しいです。
(ちなみに吸血鬼に関して、この回のみ史実ではなくオリジナルのものが
 混じってますので、広い心で受け止めてやってくださいね)

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追加でお知らせ:
 12/30 00:00 で予約投稿していたましたが、
 何故か更新されてなかったみたいです。何のための予約なのか……。
 足を運んでくださった方々、遅くなってしまってすみませんでした(>_<)

cross #31 に続く