cross #34
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キリエを迎え入れた家は、どこかしら空気がピンと張り詰めていた。
非常事態であることを肌で感じる。暗闇の中、刻々と審判の時が迫っていた。
蘇芳から聞いたことを冬夜はすべて打ち明けた。
自分は吸血鬼であり、一族の運命をすべて委ねられた始祖であること。それゆえ常に監視の目があること。キリエとの交わりによって力を抑えるための封印が解け、満月の夜は血を欲するようになってしまったこと。
自らの意思とは関係ないのだとしても、許されることではない。
罪の意識に苛まれ俯く彼を、キリエはそっと引き寄せる。躊躇いなくすっぽりと腕に収まる細い肩を抱き締めながら、何度も何度もその髪を梳いた。長い指先から零れ落ちる茶色の髪。縋り付くように顔を上げようとしないのをするに任せ、どれぐらいそうしていただろう───ふと、冬夜が震えている気がして、その腕の力を緩めた。
「冬夜?」
雲間から覗く月明かり。光を受け閃く双眸を覗き込んだ瞬間、キリエはすべてを察した。かつて一度だけ目にした色。両の虹彩は真紅に染まっていたのだ。
「冬夜。僕の前では我慢しなくていいよ」
窓の淵に架かる見事な満ち月。その光を浴びて無意識に身体が反応してしまいそうになるのを必死に堪えていた冬夜は、すべてを受け入れようとするキリエの言葉にぎゅっと唇を噛んだ。今口を開いたら泣いてしまいそうで、それが一層彼を追い詰めてしまいそうで、だから何も言えなかった。
だが、身体の震えはもはや誤魔化せないほど強いものとなり、懸命に押さえ付けようとするほど頭がボーっとしてくる。欲望が抑えられなくなり始めている。
「キ、リエ…」
「血が欲しいんだね。これまでずっと、飲んでなかったものね」
覚醒してしまった身体は誰にも止めることが出来ない。自分にも、スレイヤーにも。こうなってしまったからには血を飲むまでその禁断症状は続き、乾いた喉を潤すためあらゆる残虐な罪を繰り返すことになる。彼をそんな目に遭わせるわけにはいかない。少なくとも、これ以上辛い思いはさせたくない。
覚悟を決めたキリエは目を細め告げた。
「喉が渇いて仕方ないんだろう。……いいよ、冬夜。僕の血を飲んでいい」
「ダメだ!」
「君と一緒にいられるならいいんだ」
「バカ! おまえ、何言って……。スレイヤーじゃないのかよっ」
「うん。そう……そうだね……。僕はスレイヤー失格だ」
だがその間にも見る見る正気を失ってゆく冬夜。青白い頬を優しく撫でると、目を閉じた頬に一筋の涙が伝った。
運命はそこ。
もうすぐそこに迫っている。
足元から掬われそうな焦燥感に煽られながら、キリエは静かにくちづけを落とした。ふたりが永遠であるようにと祈りを込めて。必ず幸せにすると誓いを込めて。優しい熱にまた新たな雫が伝い落ちる。涙のキス。それは短い儀式のようだった。
身を離すと、泣き濡れる冬夜の両肩を抱き、キリエは最後の審判を下す。
「冬夜、よく聞いて。間もなく遣い達は始祖を護るためにここに来るだろう。そして僕達を永遠に引き離す───恐らくは、僕を殺して」
決断の時が迫っていた。
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キリエを吸血鬼にすれば冬夜も一族も助かりますが、
冬夜は愛しい人を殺すことになり、
また吸血鬼となったキリエが冬夜を必ずしも覚えているとは限らない……。
さぁ、どうなるか。ラストまであと数話、お付き合いください。
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cross #35 に続く
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