seek #06
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「さて、と……」
話がまとまったのも束の間、ファイルを小脇に抱え直した氷堂は目で一夏を促した。
「この件は一応了解をもらっておきたいので」
細く開けたドアから身を滑らせ、さりげなく作家の肩を抱き寄せた担当はそのまま足早に廊下を闊歩する。人目を憚るような素振りが罪悪感を擽った。
「これからどこへ?」
「来ていただければ分かります」
自然、やり取りも小声になる。
さっぱり次の手を読めぬまま、辿り着いた部屋には『編集長室』のプレート。
「ちょっと! 編集長って、なんでイキナリ!」
「あなたを紹介しておきたいんですよ」
そう言って知能犯が綺麗に笑う。
黙っていればハンサムの一言に尽きるだろうに、その笑顔を見た途端近寄るべからずと第六勘が警鐘を鳴らすのだから人間の本能とは大したものだ。……なんて感心してる場合じゃないのだが、そんな一夏などお構いなしに事はどんどん進んでゆく。
ノックに返された声は思ったより若い。
意を決して踏み込んだ先───しっちゃかめっちゃかなデスクを想像していた一夏は、広々とした室内に一瞬面食らった。無論、突然の来訪に驚いたのは中にいた男性も同じだったようで、ふたりで見詰め合ったところに割り入ったのは当然のように担当氷堂である。
「すまない。今いいか」
そうして相手の承諾を得るより早く作家を部屋に押し込むと、華々しくデビューを宣言した。
「今度新しく『seek』を出すだろう。そこで連載する先生を紹介しようと思ってな」
「このコが!?」
「連載!?」
当人達の声が見事に被る。
再度顔を見合わせたふたりだったが、編集長の驚異的な現実復活によってあっという間に形成逆転した。
「ごめんね。"このコ"って言ったのは悪気があったわけじゃないんだよー」
「もう少し編集長らしくしたらどうだ、雅矢」
「そういう氷堂こそ、部下らしくしてもいいと思うけどー」
ハイハイ、しょうがないなと肩を竦める担当の傍ら、ポカンとした一夏が取り残される。
だって無理もない。編集長というからもっとオジサンだと思っていたのに、目の前に現れたのはどう見ても氷堂と同じか少し上。雰囲気で言ったらむしろ逆ぐらいの勢いだ。
「それより紹介しよう。彼は月丘一夏さん。斉藤が投稿作を見ていた経緯で今日ご来社いただいた。───こっちはウチの編集長、時塔(ときとう)です」
「あの、初めまして。月丘です」
「時塔です」
そう言って編集長がにっこり笑った。
氷堂とは似て非なる安全度100%の笑顔に一夏はようやくホッとする。その彼が〆切前は鬼と化すことから "腹黒編集長"の異名を取っているなどとは露知らず、強張っていた頬を緩めた。
「……あ、で、なんだっけ。さっき『seek』に書くとか言ってなかった?」
「あぁ、言った。新人だが連載枠を取って欲しい。出来るだけ巻頭で」
「……もうおまえどんだけ無茶言うの……。ていうか、ジャンル的に大丈夫なんだ?」
「それは了解を取ってある」
「へぇ!」
強引さなど端から承知とばかり、あまり意に介した様子のない時塔は、それよりむしろ月刊のBL雑誌に作品を書き下ろそうという青年のことが気になって仕方ないらしい。
……目も、心なしキラキラしている、気がする……。
「驚いたぁ。抵抗ないの? BLだよ?」
「……いえ、その……」
素直にあると言って人生を棒に振るか。
それとも堪えて連載を手に入れるか。
どっちにしろ人生に壊滅的なダメージがありそうだと算段した一夏は、とりあえず先程の誓いを全うすべく後者を選んだ。……結果、作り笑いで誤魔化すに至る。
「斉藤さん、彼を女性だと思ってたらしいな」
「あ、そういうこと?」
強引なまとめにも関わらず、えらくあっさり納得した編集長はその場の勢いで連載さえも了承した。
「自分で言うのもなんですけど、いいんですか!?」
「うん、大丈夫大丈夫。氷堂は見る目あるよ?」
むしろ心配なのは自分だけのようである。
「それより、これがデビューだしね。ペンネームは?」
「俺、これまでは本名で……」
「あぁ、字面はいいよね。綺麗だし。でもなんて読むか分かり難いかな」
どうしようか、と見上げた先は何故か担当で、一夏は見守っていろとのことらしい。相談し合うふたりのツーカーな雰囲気といったら尋常でなく、余所者は踏み入れない領域だった。
「『一夏』の読み方工夫しよっか」
「普通に読んだら『かずな』か『かずか』か……後は変わったところで『いちか』か」
「あ、『いちか』っていいんじゃない?」
人差し指が、ピ、と空に向く。
音的にもかわいいしと嬉しそうに笑う時塔は、編集者というよりひとりの読者の顔だった。
「ひらがなじゃ優し過ぎるから、カタカナで『イチカ』がいいと思う」
「『月丘イチカ』か……。悪くない」
「どう? 一夏ちゃん」
「"一夏ちゃん"!?」
今度は氷堂の声とダブる。
慌ててふたりの顔を交互に見ると、堪え切れずに時塔が上を向いて吹き出した。
「氷堂に怒られちゃった。じゃあ俺は『イチカちゃん』て呼ぼう」
「コラ、雅矢」
「いいじゃん。固いこと言うなよー。ね、イチカちゃん?」
「へ? えと、その、はい……」
にこにこの編集長。
不機嫌な担当。
挙動不審な新人作家。
三者三様の様相を呈しつつ、デビューへ向けて胎動が始まった。
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出てくる人間すべて曲者な今日この頃、いかがお過ごしですか……(-Д-)
ボスへのお目通りもかなって、いよいよ本格的に始まりでーす!
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seek #07 に続く
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