seek #11
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デザートは洋梨のポワレ、バニラアイス添え。
最後を締め括るに相応しい逸品に幸せに浸りながらも、一夏は心中複雑な思いを抱いていた。
「難しい顔してますよ、月丘先生」
……そうなのだ。
このベンチャー社長の風貌で、年下学生の俺を「先生」と呼ぶ、それに言い様のない違和感を募らせているのである。上手く言えないけど。
「その呼び方、ちょっと緊張するっていうか、申し訳ないっていうか……」
「慣れていないから恥ずかしい?」
「そ、それも、ある……」
尻窄みに声のトーンを落として俯く一夏に、担当は「かわいい人ですね」と言って笑った。
「じゃあ "イチカ先生" ならどうですか。本名ではない分、気楽でしょう?」
「うーん、どうもその "先生"ってのがなー。……あ、じゃあ "イチカ" でいこう」
「イチカさん?」
「イチカ」
息を堪えた見詰め合いは、結局のところ氷堂が折れた。
「…………しょうがないですねぇ。でも出版関係者の前ではダメですよ、一応仕事ですから」
「うん!」
ようやくひとつ要求を通した、たったそれだけのことで心が晴れやかになった気がする。コーヒーカップを置くと、氷堂は改めて口を開いた。
「……あなたには充分素質がある。前担当の斉藤は、気性は穏やかですが作品を見る目はシビアです。だから実力のない人間を巻き込んだりはしません」
もしかしてこれは、初めての賛辞。
「あなたがこれまで書いた作品、読ませてもらいました。その上で、私はあなたの筆力に期待しています」
「……ありがとう、ございます」
さっき、この人はお世辞を言わないと宣言していた。それはもしかしたらこのためだったのかななんて、思ったりして。
けれど暖かい気持ちはあっという間に掻き消され、現実世界に連れ戻された。
「あなたに決定的に足りないのはBL知識とそのポイントです」
「は、はぁ…」
「女性読者が何を求め、何に虜になるのかを、女性作家は会得している。それは彼女達が同じ視点に立って需要と供給のバランスを成り立たせているのです。けれどあなたはBLに対して興味があるとすれば、本当のところ、皆無でしょう?」
「いやその、皆無っていうか、何も知らないし……。あ、でも、恋愛って意味では男同士でも同じじゃないかなぁって思うんだけど……」
「いいえ。同性の壁は案外厚いですよ」
キッパリと言い切った相手は、テーブルクロスの上の手にするりと指を絡ませる。
「こんな風に手を繋ぐことも、キスすることも、イチカは拒むでしょう?」
そう。ついさっき、自分は男にするのかと言ったのだ。
「いやでも、俺達恋人同士じゃないし」
「じゃあ片想いならどうです。告白出来ますか?」
「や、それは……どうかな……気持ち悪いとか思っちゃうかも……」
意外な事実にハッとする。
これまで誰かから好かれて嫌な気持ちなどしたことがないのに、それは相手が女性だったからなのだ。もし彼女達が男性だったらと思うと、その決定的な差を埋める術が思い付かない。
「……そ、か……」
「えぇ。スタートラインが恐ろしく大変なんです。その迷いであったり、怖さであったり、そういったメンタル的なところも含めて作品に反映していただければ」
「そうなんだ……凄いんだな、BLって」
今はまだ実感も僅かだけれど、きっと想像以上に回り道の多い恋なのだろう。しみじみと息を吐く一夏に目を細めた氷堂は、彼に気付かれぬようにそっと腕を伸ばした。
「ちなみに、」
グイ、と引き寄せられ、気付けばキスされていて。
「私はあなたを既存作品に染める気はありません。実体験を書いてみませんか」
「は…!?」
実体験て誰と誰の!? この場合俺と、まさか……
「私が育てて差し上げます」
鮮やかなウィンクが最後の一打を放り投げた。
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やばい、早くも一夏が染まってきた……(大笑)
緩急付けた口説きには勝てなかった模様です。先が思い遣られる……。
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seek #12 に続く
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