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 2008年01月 

seek #13 

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 額に感じる、ひんやりとした感触。
 重い瞼を押し開ければ、視界端に映る白いそれがタオルなのだと分かる。一人暮らしの部屋に一体誰が……と誰何を問う間もなく、目の前を覆う掌に彼を知った。
「あれ……氷堂サンの幻覚が見える……」
 寝言のようにポツリと呟いた一夏を前に、氷堂は眉を下げて見せた。
「……しょうがない人ですねぇ」
 私ですよ、と手を取ると、途端目を丸くして身を起こす。
「本物? あんた仕事は!?」
「とりあえず編集長に押し付けて来ました。なに、1日ぐらいどうってことありません」
 そう言って柔らかに笑う。
 電話で身体の不調を訴えた時、本当は彼は怒るのだと思っていた。自己管理も出来ないで何がプロだと。それなのに自分を心配してくれたばかりか、こうして仕事を放り出してまで駆け付けてくれたのだ。
 忙しい人なのに。
 他にもたくさん担当作家がいるだろうに。
「……その、ごめんなさい……」
 申し訳なくて、でもまだ眩暈も治まっていなくて、フラフラの作家は小さく詫びる。氷堂は手を伸ばすと肩を引き寄せ、抱き込んだ。
「困った時はお互い様ですから」
 何度も何度も髪を梳く手。大きく長い指。時折手触りを確かめるようにするりと指先が巻き付けられるのにさえ、胸の高鳴りを押さえることが出来なくて。
「イチカの方が大事ですよ」
 あぁ、何もかも見透かしたように言う人。
 その意味を問うはずの口は、また彼によって塞がれた。
 まるで甘い砂糖菓子。
 乾いた唇にぬくもりを分け与えるように舌が這い、舐め辿ってゆく。ビリビリと背筋を這い上がる未踏の感覚。意識がふわりとどこかに飛び去る前に、一夏はようやくのことで踏み止まった。
「か、風邪! 風邪うつるから!」
 それが的確な静止だったかと言えば別の話。
「……キス自体には慣れましたか?」
 案の定、ひっくり返されくすくすと笑われる羽目になる。
「さぁ、横になってください」
 一夏が何か言い返したいのだということも氷堂は見切っていたのだろう。負けず嫌いの作家の好きにさせては症状が悪化するとの判断から、問答無用ベッドに押し込め、一段と顔を赤らめる輩に甲斐甲斐しく世話を焼く。
「熱を出していてもかわいいなんて……そうしているとあなたが本当にノンケなのか疑わしいくらいです」
「は、はぁ!? …………あんた時々変なこと言うよな」
 眉を顰める一夏に肩を竦めて見せた氷堂はそれ以上の反撃はせず、お粥を作りにキッチンへと姿を消した
 一方、サラリとかわされた一夏は疑問を持て余したまま途方に暮れる。

 キスに慣れることなんてあるわけない。

 男だからとか担当だとか、いろいろ拒む理由もあったはずなのに、心の奥ではそれが決定的な理由にならないことに気付いていた。

 キスに慣れないんじゃない……彼とするキスに慣れないんだ。

 この靄掛かった気持ちはどう整理すればいいのだろう。
 けれど他方で、彼は新人が未踏のジャンルに挑戦するという背景から、自分を教育する意味で悪戯を仕掛けているのではないかとの思いを拭えない。実体験を書けというのは、つまりそういうことなのだろう。
 容姿端麗で仕事も出来る彼のことだ、女性が放っておくわけがない。本当は素敵な恋人がいるのだろう。こうして熱を出した時に優しく介抱してくれる彼の相手はどんな人なんだろうか。
「きっと幸せ、なんだろうな……」
 呟いたのと同時に、ズキン、と胸に痛みが走った。
「……った、」
 胸元を押さえたところで氷堂が様子を見に顔を覗かせ、一夏は満足に誤魔化すことも出来ない。
「どうしました?」
「うん、その……ちょっとフラッとして……。寝ていいかな」
 覗き込む目を見られない。彼と真っ直ぐ向き合えない。
 まるで逃げるように布団に包まる一夏をそれ以上追随することもせず、氷堂はコンロの火を止めた。
「温め直して食べてくださいね。薬も買っておきましたから」
「……うん」
 ほどなくパタンと玄関のドアが閉まる音がして、一夏はとうとう頭を抱える。
 混乱と罪悪感で、熱はますます上がっていった。

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あれ、あれ、一夏に変化です。病気の時の気弱さも相俟ってダブルパンチ。
余談ですが、黒髪眼鏡の担当さんが腕まくりをしてお粥を作る姿というのは
かなり私好みの萌えツボなんですが、どうでしょう〜(笑)

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seek #14 に続く