seek #20
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30分後、一夏は琉河の背中を追い掛けながら新宿2丁目を闊歩していた。
確かに新宿とは聞いていたが、こうも予想を外さないといっそ気持ちがいい。初めのうちは戸惑う一夏を楽しそうに眺めていた彼だったが、その表情に何事かを読み取ったのか、狭い道だから見失わないでね、と伝えたきり前に立って路地を抜けてゆく。
敢えて、店に着くまでは口を開かないということか。
心の準備をする時間を与えてくれた琉河に感謝しながら、一夏はひたすら歩を進めた。
「……着いたよ」
いくつかの角を曲がり、表通りから少し入った頃、目の前の長身が振り向いた。
船の舵を象った入り口が印象的なバーと覚しきその場所は、刻印された店名が下からのライトで闇に浮かび上がっている。ゲイバーはおろか、バーというもの自体に足を踏み入れた経験のない一夏が身構えている傍らで、余裕の美丈夫がくすりと笑った。
「大丈夫、取って食われたりしないから」
あ、でも僕は味見したい派なんだけどね?
そんな物騒なセリフを吐きつつにっこり笑うと、琉河は大きなドアを引く。忽ち流れ落ちるジャズに心奪われた瞬間、奥から明るい声が響いた。
「いらっしゃいませー」
男性……と言うよりは中性的?
第一印象を持て余す一夏を余所に、顔見知りらしい琉河は慣れた足取りで足を踏み入れる。
「コウさん、お久しぶり」
「あら、琉河センセ! 来てくれて嬉しいわ〜〜」
その上しっかりハグし合っているのだから目から鱗の光景である。
そうか、こういう世界もあるのか……。
ひとり現実に乗り遅れる一夏を手招いて、琉河は一通りの紹介を済ませると、自分だけさっさと飲み物をオーダーしてカウンターに着いた。無論、琉河としてもオイシイ新人を放り出したかったわけではない───コウの興味津々の眼差しに先を譲っただけである。
「あら、じゃあ月丘センセも作家さんなのね〜〜」
「そんな先生だなんて……まだ書いてないですし……」
「でもデビューだなんておめでたいじゃない。お祝いしなくちゃだわ。ね♪」
最初の一杯はアタシの奢りだから、とウィンクしてグラスを用意する。同じ男とは思えない愛嬌の良さと滑らかな動きに、知らず一夏は吸い込まれた。
「BL作家さんが増えるのは嬉しいわぁ。それもこんなかわいいコだなんて、んもう願ったり叶ったりよ〜」
「コウさん、目が輝き過ぎ」
そんな琉河の突っ込みも何のその、綺麗な指先でステアするグラスには色鮮やかなカクテルが出来上がり、お喋りをしながらもスマートに仕事をこなす術に目を見張る。どうぞ、と差し出されたそれは見た目を裏切ることなく美味だった。
「……美味しい」
「うふふ。月丘センセのイメージで作ってみたの。そう言ってもらえて嬉しいわ」
一口、二口。
ゆっくりと口に運びながら、喉を滑り落ちる快感に酔う。初めは緊張していたはずなのに、いつの間にかコウの屈託のない明るさに乗せられ、気付けばすっかり気を許している自分がいた。
「ところで、月丘センセはどんなジャンルを書くのかしら。純愛物語とか似合いそうね」
「それが実は……実体験をって言われてて……」
「うそっ。月丘センセ、ノンケでしょー?」
「なんで分かるんですか!?」
「いや、分かんない方がおかしいよ」
「琉河先生までっ。俺そんな変ですか!!!?」
途端慌て出した作家を挟み、バーテンと常連はふたり揃って大爆笑。琉河などは失礼にも涙を拭きながら肩を震わせている。
「いや、そういう意味じゃないですよ。ただ僕らと違って見えるだけ」
「そうねぇ。もうちょっと言うとアレかしら。空気感ていうか、オーラが別なの」
「……オーラ……」
「僕らは同じ趣向の人間を捜さなくちゃいけないわけだから、そういうのを見分ける勘がちょっとだけ鋭いんですよ。……だから、それから言ったら月丘先生はノンケかなって、ね」
「はぁ…」
BLというだけでも凄いのに、こんな特殊能力まで備えているとは……。
半ばカルチャーショックに近いものを感じ、戦意喪失した一夏は、とりあえず落ち着こうと薄桃色のグラスを煽った。
「……で。そんな君に実体験を書けと迫ったのは他でもない……」
「氷堂さん」
やっぱり、と項垂れる姿はどことなく寂しそうだ。
「コウさんは氷堂さん知ってるよね」
「それが最近来てくれないのよぉ」
水を向けると、待ってましたと言わんばかりにシナを作って笑わせる。
「じゃあ、彼のことでちょっとだけ相談に乗ってもらえないかな。恋の悩みなんだけど」
「えっ 琉河先生、彼氏は!?」
「何言ってんですか。僕じゃなくて、月丘先生、君でしょ」
「おおお俺!?」
「あら、いいわよー。……ふふふ、こういうの久しぶりね。ドキドキするわぁ」
実に楽しそうに微笑みを浮かべたコウは、それなら本格的に腰を据えなきゃ、と言って自分のグラスを作りに立った。その隙に盗み見た横顔はいっそ憎らしいほど澄ましている。
「……どうして、氷堂さんのことって……」
「ふふ。君はポーカーフェイスが上手じゃないから」
そこがまたかわいいんだけどね、とウィンクを投げるところがどこかの誰かを彷彿とさせる。複雑な顔をしていると察したのか、向き直った琉河は苦笑して見せた。
「うーん。もっと早く会えてれば口説き倒したのに」
「恋人さんに密告しますよ」
「あ、これは内緒ね。怒ると恐いから」
「もー、しょうがないですねぇ」
クスクス笑いながら心地いいジャズに身を委ねる。
グラスを駆け上がる気泡が心を浮き立たせていた。
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はい、というわけで、辿り着いた先は ships でした。懐かしい〜。
そしてコウと言えば次なる人物は……明日友情出演です(^-^)
(※ships は「ships」シリーズに出てくるお店です。
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seek #21 に続く
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