seek #22
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一度覚悟を決めてしまえば、日常は驚くほど穏やかになった。
改めて振り返ると、常識という名の他人の尺度で無理矢理自分を計ろうとしていたことがおかしかった。
だからこそ、自分が感じた戸惑いも不安もすべて文章にすることで、それはフィクションの枠を越えリアリティを持って訴えてくる。プロットさえマトモに組めなかったことなど嘘のように、己の心の命ずるまま、この数日というもの一夏はひたすらキーボードを打ち続けていた。
「…………出来た」
最後のリターンキーを叩き、大きくひとつ息をする。
自分はこれが書きたかったのだと言える確かな手応えに頷くと、一夏は初稿を送信し、後は運を天に任せた。清々しい気持ちでいっぱいだった。
連載を前に気負いがなかったと言えば嘘になる。けれど、構う余裕は自分にはなかった。彼に正直な気持ちを伝えるために、小説家としてやるべき使命があったから。
液晶画面に並ぶ文字達。
読み返すたび浮かぶ彼の熱っぽい眼差しにも、今なら向かい合える気がした。
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「どうして避けるんですか。俺……ようやく分かったのに」
「何がです?」
必死に嗚咽を堪えるのとは対照的に、氷室の態度はあくまで冷静だった。まるで相手が何も理解していない子猫だとでも言うように、眼鏡の奥の瞳を緩く眇めたまま口端を持ち上げている。今までの立夏ならそれだけで怯んでいただろう───恐らくは、その場から逃げ出すというやり方で。
だが、自分の中で答えを見つけた今は違う。
ひとつ息を吸い込むと、立夏は正面から向き合った。
「他人の尺度は関係ない。俺は、俺全部で氷室さんに向き合いたい」
「……あなたはそれを怖がっていたはずでしょう?」
言っておきますが、と前置きして氷室は寄り掛かっていたテーブルから身を起こした。
「私があなたに向けているのは親愛の情だけではないのですよ」
コツ、コツ、と響く足音は絨毯に吸い込まれ、いつもの威圧感は感じられない。だがそれ以上に緊張感を醸す雰囲気が、彼が己を律しているからなのだと気付くのにそう時間は掛からなかった。
「教えてあげましょうか立夏。そうしたらきっと、また逃げ出すでしょう」
「に、逃げない!」
「震えていますよ。こうされるのが怖い?」
長い指が首筋に巻き付く。左腕で腰をホールドされると、立夏は蜘蛛の巣に掛かった蝶のように見動くことさえ出来なくなった。
「立夏。あなたを組み敷くことぐらい、私には造作もないんですよ」
「……だったら、そうすればいいだろ」
「ふふ。強がりだけでは後悔しますよ。飛べない蝶に意味はない」
「それでもいいよ。俺は、この気持ちに嘘はない」
本当は怖い。どこまでも逃げてしまいたくなる。けれど尊大な態度で自分を壁に押し付ける目の前の男こそ、自分にとってはどうしても必要な存在なのだ。
強引なフリをしてその実、内面は繊細でひどく脆い。追い詰めた相手以上に傷付いた目をするような人。放っておけるわけがなかった。
「同性に惹かれたらタブーだなんて話、バカげてる」
「だからといって、急に博愛主義者に転向したとでも?」
「そこまでは出来ないよ。俺は神様じゃない」
「それならこれは同情ですか」
「それも違う。俺は同情なんかで男に抱かれてやるほどお人好しには出来てない」
核心を避けるように外堀を埋めるのが、彼に珍しく余裕をなくしたようで、立夏は丁寧に答えを返した。手の中の可能性を全部篩い落とした結果、そこに残るものはひとつしかない。
「男だからじゃないよ。……あなただから」
「立夏…?」
ふわりと頬に触れる指先。
緊張のせいか、ひどく冷たい掌に愛しさがこみ上げた立夏はそっと自分の手を重ね、温度を分け与えるように包み込む。苦笑が浮かんぶのが気配で分かった。
「まったく……無理して距離を保っていたのに、あなたという人は……」
指先が滑り項を引く。
柔らかに重なる唇から彼の想いが立夏を埋めた───
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「……わっ!」
世界観に浸っていた一夏の傍らで唐突に鳴り出す携帯電話。またしても心臓が壊れるかと思った。
「は、はいはい。もしもしっ」
「イチカ……」
電話の向こうは懐かしい声。
彼が原稿を読んで即座に掛けてきたことは間違いなく、その証拠に言葉が詰まっていた。
「……あ、あの……どう、ですか……」
プロットも打ち合わせも何もかもすっ飛ばしての原稿送付だっただけに今更になって恐縮する一夏を余所に、氷堂は長く息を吐き、一言を告げた。
「………感動しました」
それが何よりの褒め言葉。すべてを凌駕する最高の賛辞。
「あなたに会いたい。今、すぐに」
「……うん、俺も……」
電話の向こうの声にさえ、もどかしいと思うことを初めて知った。
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作中作、お目汚し失礼しました〜。名前が微妙で笑えるでしょ?(笑)
ちなみに氷室さんは立夏くんの腹黒執事という設定です(どうでもいい)
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seek #23 に続く
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