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 2008年02月 

seek #39 

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 季節は春を迎えようとしていた。
 徐々に卒業ムードの高まる大学。研究室の仲間は各自取り付けた内定に向かって切磋琢磨を続けている中、自分だけが世間から取り残されているようで落ち着かない。自ら望んで物書きとなり、就職活動の一切を放棄してきた一夏だったが、ここにきてその選択が本当に正しかったのか不安を募らせつつあった。
 将来を憂うには早過ぎる年齢。けれど現実は確実にスピードを上げている。
 今更焦ってどこかの会社に収まるつもりもないし、サラリーマン生活が自分に勤まるものとも思えないが、このまま作家としてやっていけるのか正直先は見えていない。どんなに目を懲らしても、そこにあるのは闇ばかりだった。
「……お先真っ暗ってこと……?」
 はー、と長い長い溜息を吐いて。通い慣れたコーヒーショップ、ウィンドウに面したカウンター席で頬杖を突きながら一夏は灰色の仰ぐ。
 デビューを夢見ていた頃の自分が見たら、なんて贅沢な悩みだと渇を入れたに違いない。それが分かっているだけに堂々巡りを繰り返すばかりで。
「……どうしたんです、浮かない顔して」
「氷堂さん!」
 声を掛けられるなど予想もしていなかった。偶然にしては出来過ぎのタイミングでいつも手を差し伸べる人。
 まるで待ち合わせをしていた相手のように実にさりげない仕草で傍らを陣取った担当は、熱いコーヒーカップをテーブルに置くと、そっと頬に右手を寄せた。
「ひどく困った顔をしているあなたを通りの向こうで見掛けまして……。プロット中ならそっとしておこうと思ったんですが、どうも原因は他にあるようなので」
 悩み事ですか、と。
 甘いバリトンの囁きは戸惑う心をたちどころに溶かしてしまうから、僅かな逡巡の後、一夏は思い切って今の心境を打ち明けてみたのだが。
「そんなことですか」
 実にあっさりと返され更に落ち込む始末。
「……そ、そんなことって言ったって、俺にとっては大きな問題なのっ。人気が出てるかどうかもよく分かんないけど、今後の本数とか、暮らしていけるだけの収入とか、そういうの考えたら眠れなくもなるよ」
「でもあなたは小説を生業にしたいわけでしょう?」
「そりゃ勿論。やっぱり書くことが好きだし」
「じゃあ続けることです」
「いやそうしたいけど、だからその……」
 金銭に執着するようで言い難いが、トドの詰まり、そういうことで。
「あぁ。それなら心配無用です」
「……どういうこと?」
 俯いた顔を上げ、縋る眼差しで見上げる作家に担当は満面の笑みを返した。
「私のところにおいでなさい」
「…………は?」
 それが決定打。
 実に何気ない遣り取りだっただけにもう少しで聞き流してしまうところだった。
「それって、住むところを間借りさせてくれるって意味?」
「いいえ、一緒に住むという提案です」
「提案っていうか、決定事項……?」
「要はプロポーズですね」
「…………そ、そ、そ、そうなんだ!!?」
 驚いた───。
 あまりの衝撃に一夏は見事にフリーズし、氷堂だけが勝者の笑みを浮かべるという嫌な構図。一刻も早く現状を脱したいのに、混乱した脳には回避策など何ひとつ浮かばなかった。
「ところで日本て同性結婚出来るんだっけ?」
「いいえ、法ではまだ認められていませんよ。……まぁ、海外に行けば話は別ですけど」
「へ!? あ、いや、その、そーいうことじゃなくて。えーとなんて言うの、それって、つまりプ、プロポーズ…って、同性に言うもんなの!?」
「好きな人に言うものですよ」
「……あ、そか。まぁ、そうか……。いやいやいや、ちょっと待って!?」
「はいはい。取りあえず少し落ち着いてくださいね」
 見事にテンパる相手を微笑ましく見守りながら、こんな生活も楽しそうですね、と既に次の段階に思いを馳せるこのギャップ。
「い、一緒に住むんだ……?」
「そしてあなたは家で仕事をして、私は会社に行って……。あなたの手料理を楽しみに帰って来て、あなたのキスで起こされて……」
「ヒー! なんの妄想それー!!」
「新婚生活の然るべき姿でしょう」
「し・ん・こ・ん───!!!???」
 素っ頓狂な声がカフェに響く。
「かわいいエプロンを用意しますよ。裸で身に付けて、私を喜ばせてくださいね」
「あんた変態!!!?」
「何とでも。……ふふ。楽しみですね」
 デビルスマイルで会話を締めくくった氷堂が帰社するというのを見送って、一夏は軽く途方に暮れていた。一難去ってまた一難というのは恐らくこのことを言うのだろう。
 小説を書きながら恋人と暮らせる。これ以上幸せなことはない。ひとつ問題があるとすれば───相手が氷堂であるということ。
「……先の不安は倍増した気がするんだけど……」
 遠い目で溜息をひとつ。
 その予感は気の毒ながら、外れることはない。

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いよいよ夫婦(めおと)宣言です。どんどんイロモノ化している気がする…。
こうなったらいっそ甘々ラブコメを極めるべくはっちゃけますよ!

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seek #40 に続く