noir #03
←前話へ
拭えない違和感が平坦な日常を舐める。
「なんだ、今の……」
踵を返した向こう、階下の応接間では今頃談笑が繰り広げられているだろう。或いは密談なのかも知れない。けれど立夏の心を捕らえて離さないのは先ほどの男性が向けた視線だった。
自分を知っているような目付き。それはほんの一瞬の出来事だったのだけれど、本能が鳴らす警鐘に胸騒ぎばかりが大きくなる。大手製薬メーカーの跡継ぎという肩書きに群がる大人達とは違う気がした。
緩く首を振り、溜息をひとつ。これ以上の詮索に策はない。
諦めて自室のドアを開けた、その時。
「……どこにいらしてたんですか」
聞き慣れた声が動きを縫い止めた───氷室だった。
「本日は大事なお客様がいらっしゃいますとお伝えしておいたはずですが」
凛とした声が響く。それを擦り抜け、立夏は室内に足を進めた。
「……そうだったかもな」
14畳ほどの広さにベッドがひとつ。無造作にポンと置かれたひとり掛けのソファ、小さなテーブル。これらが立夏の部屋を構成するもの。無駄が嫌いなのではなく、欲しいものが思いつかないだけで、気が付けばずっとこうだった。その小さな木製テーブルの上で器用に茶器を扱いながら、執事は眉を潜める。
「あまり出歩くのは感心しませんよ、立夏様」
「ここは俺の家だ」
言葉を打ち消すようにわざと乱暴にソファに腰を下ろすと、更に冷たい視線が飛んだ。
「正確にはお父様の、ですね。お仕事の邪魔をされるのであれば、これまで勉強していただいた内容の総復習が必要と考えますが」
「冗談」
「ならば軽はずみな行動はお慎みください。経営者は品格も問われますよ」
ダメ押しに溜息しか出ない。やはり苦手意識が消えないのか、それ以上言い返せるだけのエネルギーがなかった。
「……どうぞ」
差し出されたソーサーを受け取り、半ば無意識にティーカップを持ち上げる。それは確かにベルガモットの香りを漂わせていたのだけれど、喉を潤すばかりで正直味も分からないまま。
「何か気になることでも?」
「……え?」
唐突に向けられた水に目が泳ぐ。それを見ていた執事は白手袋の指先で眼鏡を押し上げながら、漆黒の双眸を眇めてみせた。
「立夏様?」
「い、いや……何でもない」
咄嗟にそう答えていた。防衛本能が働いた。それは自分のため? 或いは───。
床に落ちた視線の故も知ることなく、氷室は「そうですか」と受け流して茶器を下げに部屋を出て行った。胸に残る蟠りは熱い紅茶でも飲み込めぬまま、そこに留まり、肥大してゆく。
----------
白手袋眼鏡黒髪執事万歳(長)
書いてみると氷室/氷堂、立夏/一夏は完璧に別人ですね!(開き直り)
お気に召しましたら「BL小説」バナー↓をクリックしていただけると嬉しいです♪
noir #04 に続く
- | HOME |