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 2008年03月 

noir #05 

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 変えられないのは過去と自分、変えられるのは未来と他人。

 輪郭が朧になってゆく。
 夕暮れに輪郭を暈かし始めた相手と対峙しながら、立夏は掌が竦むのを感じていた。確証はない、けれど嫌な予感がする。そしてそれは時丘によって立証されることとなった。

「立夏さんは───生まれた時は女の子だったんですよ」

 まるで天気の話をするようにあっさり言い放った言葉を、冗談で片付けられたらよかったのに。
 返す言葉すらなく瞬きを繰り返す立夏に対し、訪問者は眉を下げて苦笑した。
「……そうですよねぇ。イキナリこんなこと言われて、納得する方が無理ですよね」
「その、俺…」
「実感もないと思いますし、まぁこんな話もあるんだと思って聞いてください。きっとそのうち……気付かれると思います」
 意味深な言葉と共に、時丘は植え込みの日干し煉瓦に腰を下ろした。そして目で立夏にも隣に座るよう促した彼は遠くを見ながらポツリポツリと話し始める。まるで思い出をあやすような眼差しに現実感を突き付けられる思いがした。
「御園製薬といえば相談役が一代で興され、現社長の御園様が大きくされた会社です。当然、社長は次期代表をご子息に継がせたいと考えておられた───つまり、息子が欲しかった」
 長い指を胸の前で交差させ、自らの言葉を確かめるようにゆっくり動かす。
「待望の懐妊、出産。そこで生まれたのが女の子だとしたら、取るべき選択は3つです」
 ゴク、と喉が鳴った。
「1つ目は、婿養子を迎えること。ただし政略結婚は吸収合併の危険性があり、可能な限り避けたいと思われたようです。2つ目は、娘を養女に出して、次の子供を作ること。いずれ息子が生まれ会社を継がせた際、上に女の子がいては相続問題が面倒です」
 淡々と語られるからいっそ他人事に思える、当事者問題。
「そして最後の3つ目は……生まれた子供を男の子として育てること」
「そんなバカな」
「いいえ、あり得なくはないんです。事実、社長は立夏さんを男の子として育てようとしていたようです。とはいえ、いくら子供でも性別を偽れるのはせいぜい3歳までですから、それまでに何か手を打つ必要があった」
 つまり、と息を整える肩の動きすら凝視するほど。
「本当に性別を変える必要に迫られていた」
「……嘘、だろ……?」
「えぇ、当時は誰もが耳を疑いました。性差を含めたすべての転換など不可能だと」
 けれど裏のルートと莫大な資金が問題を解決させてしまう。
「世界中の研究者を探し回ったと聞きました。そして御園様は発見されたんです───先ほどの性転換装置、我々が通称GSMと呼んでいる機械を作れるただひとりの人間を」
 ふぅ、と大きくひとつ息を吐き、時丘は黙って空を見上げた。つられて振り仰いだ先、濃紺の闇がすべてを覆い尽くそうとしている。緊張と興奮で耳鳴りがした。自分はこの先の答えを知っている気がした。
「社長は喜んで彼を研究所に迎え入れました。そして幾度もの実験を経て遂に我が子の運命をも機械に託し、今は経過を見守るために、立夏さん……あなたの最も傍に配されている」
「ま、さか…っ」
「えぇ、その、まさかです」
 薄墨を引いた空。表情さえも読み取れない色。

「あなたの執事こそ、あなたの運命を変えた男です」

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このあたりあらすじから既にお見通しだったかも知れませんね。
ちなみに「GSM」は「Gender Shift Machine」の略(無駄知識)

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noir #06 に続く