noir #09
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過去からの使者は斯くも容易く懐を割る。
「……あなたでしたか」
小さな溜息が闇に溶ける。
迎えの車を断って玄関を後にした気紛れな人物を捕まえると、有無を言わさず物陰に引っ張っていった執事は、そのくるりと閃く瞳を覗き込んだ瞬間己の勘が正しかったことを悟った。
「まったく……」
「いつかは言わなくちゃいけない」
眉を寄せる相手などお構いなしに小首を傾げる相手こそ、立夏に出生の真実を語った時丘その人で。
「とんだ番狂わせですよ」
「珍しいね、おまえがそんな顔するなんて」
「誰がさせているんですか」
眉間に指を宛て、落ち着けと自分に言い聞かせた氷室は、しばしの沈黙の後再び口を開いた。
「実は───」
明かされたのは水面下で進行している父親の新たな計画。
立夏が経営者として不的確であると見なされた暁には再びGSMに掛けて女性に戻し、代わりに氷室を側近に引き上げるというものである。そのために立夏は生まれてずっと世間から隔離されて育ち、公な紹介は悉く避けられてきた。
「……社長も徹底的な人だ」
そんな言葉しか出てこないのは、きっと本人と話したせいだと時丘は思う。薄紫の綺麗な瞳が影に曇るのが悲しかった。
「それで……今も研究は進んでるんだろ?」
「えぇ。記憶のオールデリートは脳の構造上仕方ないですが、リライト出来る情報量が増えましてね。全く別の人格を植え付けることも可能です」
それは新しい人間の再出荷。
都合のいいように操作した記憶を予め与えてやれば問題など起きないだろう。つまり、自分は氷室の妻になるのだと刷り込みされた状態で立夏の性を転換することなど造作もない。
「つくづく不毛なものです。科学の力で自分の運命を歪めているなんて……」
この研究に携わった時から、自らの人生はコントロールを失ったのだ。
「それは罪悪感? それとも焦燥感?」
「……どちらも、等しく」
シンクロする徒な運命、呼応し合う孤独な命。それでも一蓮托生であることが嬉しかった、そう言ったら彼は何と言うだろうか。
何と言って、笑ってくれるだろうか。
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物語が淡々と進むばかりで盛り上がりに欠けててすみません(^-^;)
このへんから少しずつ氷室さんの内面を語っていければと思います。
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noir #10 に続く
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