noir #12
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歯車を押したのは楔、歯車を止めるのも楔。
青白い月光がアスファルトの凹凸を克明に浮かび上がらせる夜。
住所を頼りに辿り着いた先、初めから何もかも分かっていたように時丘は立夏を迎え入れた。どうして、とも、ひとりで、とも聞かず、ただ玄関に立ち尽くす訪問者の顔をチラと見ると、「寒かったでしょう」と言って奥へ誘う。そのあまりの自然な素振りに少し戸惑いつつ、タングステンの穏やかな光にようやく息を吐き出した。
ここの住所が書かれた紙片。
氷室の実験室で拾ったそれを一目見てピンと来た。ラボという肩書きとは打って変わった落ち着いた室内は、どちらかというと居住空間らしく、生活雑貨がいくつか見て取れる。フローリングに無造作に置かれたソファは自分の部屋にもよく似ていて、立夏は徐々に落ち着きを取り戻していった。
「……どうぞ」
コトン、と目の前に置かれたコーヒーカップ。
「一流の味は保証出来ませんが、ちょっとしたモンですよ」
「あ、どうも……」
にっこりと笑うのにつられて手を伸ばした。カップを持ち上げると掌全体がじんわりと痺れるように熱くなる。思い掛けない熱伝導に目を見開くのを見、時丘は穏やかな表情を浮かべながら目の前に腰を下ろした。
「僕のコレクションを見てもらえますか?」
そう言って差し出されたのはたくさんの白い封筒。裏を返すとすべて氷室の名が記されていた。
続きを促す視線に従い中身を取り出した立夏は、今度こそ驚きで手を止めることになる。そこには、時丘に宛てて書かれた手紙と、小さい頃の自分の写真が数枚入っていたのだ。
「研究成果の報告、という名目でね」
どうして、と無言で問う訪問者に答えを先回りした主は、恩師という役柄上父親も承諾済みだと付け加えた。懐かしそうに手紙を広げ、そこに綴られている成長記に目を細める。
「あぁ、この写真……。かわいいでしょう、立夏さんがようやく歩いた頃です」
そこにあるのは生まれて11ヶ月の自分。掴まり立ちから手を離しただけの危なっかしくも微笑ましい一枚に、時丘は我が子を見るように目尻を緩め。
「こっちは離乳食を食べているところですね。野菜の甘煮が好きで、よくせがまれたと聞きました」
「……な、んで……」
「全部、氷室が手紙で知らせてくれました。彼の本来の仕事はGSM被験者の経過を見ることであって、子供の成長を見守ることではありません。つまり、あの実験には何の関係もなかったにも関わらず、毎月欠かさず手紙を」
手紙の文字を指でなぞり、優しい顔で時丘は笑う。
「嬉しかったんでしょう。あなたが毎日大きくなるのが」
今日は何を食べて、どの絵本を読んだか。
何に興味を示し、どんな風にむずがったか。
ひとつひとつを丁寧にしたためる文面から、それが使命だけでなく、彼の愛情によって成り立っていることを知る。そこにどんな想いがあったか気付かないほど鈍感にはなれなかった。
「氷室が……」
常に毅然とした態度で接されたことしか思い出せない。人間らしい側面など垣間見えることもない、付け入る隙のない存在、その人が。
ザワリ、胸が鳴る。
軋みを立てて歯車が止まった。
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おおお、ギリギリのアップになってしまってすみません〜〜(@_@)
取りあえず氷室さんの育児日記を初公開です!(笑)
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noir #13 に続く
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