noir #16
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頑なに遠ざけるほど心は君を求めて。
家出騒動の決着は、父親から言い渡された自宅禁固だった。
元々自由の鳥でもないくせにと自嘲したところで何が変わるわけでもなく、却って外界と遮断されたのをいいことに立夏は徹底して己と外を繋ぐものを排除した。徹底的に氷室を遠ざけ、顔を合わすことすらしない。声を聞かなくなって久しくさえあった。
その間、身の回りの世話はお手伝いの女性に任せていたものの、立夏の癖や好みを充分に把握していない彼女を相手に、少しずつ疲れが溜まってくるのもまた事実。仕方がない。生まれた時から一緒にいる人間と比べる方が間違っている。何より一生懸命やってくれているだけに詰ることも出来ず、彼女のせいではないことも分かっているから余計、行き場のない苛立ちを持て余して主はそっと瞼を下ろした。
夕闇が部屋の中を紅に染める。
窓から差し込む斜陽は立夏の細い髪を染め、そのまま床へと零れ落ちた。
このままどこにゆくのだろう。これからどうすればいいのだろう。
自問自答の答えは糸口さえも掴めぬまま、立夏は日頃の疲れにうとうとと意識を奪われてゆく。やがて白み始めた世界にすべてを手放そうとした、その時───そっと身体に触れた暖かさに目が覚めた。
「……ん、」
「風邪を引きます」
静かな声音が忽ち現実へと引き戻す。氷室だった。
「おまえか。出て行け」
今一番会いたくない───けれど心のどこかで知っている、いつも辛い時に一番近くにいた存在。
「身体が冷え切っています。温かい紅茶はいかがですか」
そう言うなり返事を待たず、執事は慣れた手付きでティーポットを持ち上げた。室内に漂うリーフの香り。ひとつひとつの仕草を見ながら立夏は思い出す、いつだってこうして紅茶を煎れて、冷えた心を温めてくれたのだと。
どうぞ、と差し出されたのはミルクを入れたアッサムティー。疲れた時に自分が一番好むものを、何も言わず出してくれる心遣いに胸が痛んだ。
カップに口を付け、ゆっくりと飲み下す。
「……美味い」
「恐れ入ります」
けれど溶かされ始めた心とは裏腹に、あくまで仕事然とする横顔が夕映えに映る。どこか寂しささえ漂う姿に立夏は言葉を失った。
「先日は、申し訳ありませんでした」
瞬目を繰り返す主に対し、深々とその頭を下げて。
「執事としての立場を弁えない不適切な発言であったと……。それで立夏様を混乱させてしまったことを、心からお詫びいたします」
彼が何を言わんとしているかなど確認するまでもなかった。愛している、そう告げた言葉も態度も何もかも、なかったことにしてくれという氷室に対し、込み上げたのは悲しみよりも怒りだった。
「な…んだよ、それ。男ならてめぇの言葉に責任ぐらい持てよっ」
愛していると言われて、本当は嬉しかった。だからこそ仕事としてしか自分を見ない彼がもどかしくて、悔しくて、裏切られた気さえしたのだ。もっと本当の自分を見ろと言いたかった。そして形振り構わず欲しがれと叫びたかった。
それなのに───。
唇を噛む立夏に対し、氷室は、すっ、と目を細めて見せる。
降伏の笑みだった。
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月光に映える横顔も好きですが、斜陽もまた私的萌えポイントです。
互いが自覚した想い、さて、次回どうなることか……。
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noir #17 に続く
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