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 2008年03月 

noir #17 

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 この想いを阻むものなど全部壊れてしまえばいいのに。

 男なら責任を取れと詰め寄る立夏に対し、氷室はただ首を振るばかりだった。
「それが出来たら……どんなに嬉しいでしょうか……」
 絞り出した声。どういう意味だと問うはずの言葉は、けれど音になる前に消える。彼の表情が物語っていた。
「素直に想いを告げることが出来たらどんなにいいだろう……ずっとそんなことばかりを考えていました。……けれど結ばれるはずがない、壁はあまりに高いのです」
 自らの胸に杭を打つ。すべてを諦めなければならないと言いながらも手放すことが出来ない苦しさに、氷室は泣くように笑った。
「俺が、御園の人間だからか」
「はい。私は御園様に雇われている身です」
 主従関係の根本を裏切る行為は出来ないと。
 それに、と一呼吸置くと、執事は強い眼差しで立夏を射貫いた。
「私はあなたの人生を変えてしまった───。これは、一生懸けても償えないものだと思っています」
「あれはオヤジの意向だろう、おまえは関係ない」
「けれど私が機械を作らなければ……」
「俺達は会うこともなかった」
 そう、ここに至る道程もなかった。
「……俺さ、」
 大きく息を吐き出すと立夏は胸懐を告げる。これまで誰も立ち入らせたことのない心を、今初めて、氷室に晒す。
「確かに俺はあの機械で女から男に変わったけど、それだけで人生が台無しになったわけじゃない。俺のアイデンティティは俺が作ったモンだし、おまえが気負うことは何もない」
「立夏様……」
「男だからダメで女だからいいとか、そーいうの自体がどんだけ下んないか、今回ハッキリ分かったしな」
 性別に固執して未来を決められてしまうなんて許せない。それは跡継ぎとして生きることも、誰を愛し愛されるかもすべてが等価値。決定権などこの手にある。だからこそ。
「おまえは……生まれた時から一緒にいて、傍にいるのが当たり前だったから……。好き、とか、そういうの……考えたことなかった」
 言い淀む相手に氷室が目を細める。
「無理しないでいいんですよ」
「それじゃおまえがよくねぇだろ」
「いいんです」
「何がだよ。答えも何もいらないってのか」
 執拗に食い下がるのは諦めて欲しくなかったから。可能性を捨て、痛みから身を守ろうとする殻を破りたかったから。
 氷室の胸ぐらを掴み顔を寄せると、瞳の奥が慟哭に歪んだ。
「立夏様を苦しめるものを取り除くのが私の仕事です」
「……っ」
 それならば今すぐ。
 それならばここで。
 息を詰まらせ、言葉を捨てて、立夏は右手を引き寄せる。咄嗟に身を屈めた相手の首に腕を巻き付けると、そのまま勢いに任せてくちづけた。
 強引で、力任せのキス。唇を割り、舌を滑り込ませるだけで体中が疼くようなキス。目を閉じず、息も殺さず、噛み付くように貪る、そのすべてが愛しかった。
「……は、ぁっ」
「りつか…」
「……ハハ、びっくりしたかよ。男ならこんぐらいしてみせろ」
 身体を離した僅かな間。吐息さえ頬に感じるほどの近さで、立夏がニヤリと口端を持ち上げる。すべてを察し目を細めた氷室は、いつもの表情で苦笑した。
「まったく……あなたには敵いません」
 そう言って抱き寄せ、負けない力が抱き返す。
 初めて感じる自分以外の鼓動だった。

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ようやく、よ〜〜〜ぉやく、第一歩です。初めてのキスは立夏から。
受けが強気で男前なのが書いててかなり楽しいわ(笑)

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noir #18 に続く