noir #21
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千の願いを。万の祈りを。たったひとつの我が儘を───。
絶望だけが横たわる夜。
闇に広がる閃光にありったけの声を上げ、けれど歯車を止めることが出来ないまま氷室は床に崩れ落ちた。すべての元凶はこの手が造り出したもの。罪の意識に気が狂ってしまいそうだった。
「りつか……」
もういっそ消えてしまいたい。あなたの思い出ごと、すべてを抱いて。
「……りつ、か……」
頬を伝う涙を拭うこともせず、氷室は譫言のように愛しい人の名を呼び続けた。
───その時。
ガタン、と大きく留め金の外れる音がすると、聞き慣れた軋みと共にハッチが開いた。一通りのプログラムが終了したのだ。今やもう過去の記憶はなく、ましてや男性でもない、見慣れた面立ちの見知らぬ人間が姿を現す。そう思うだけで、憔悴し切った心が今にも木っ端微塵に砕けそうだった。
俯いたままの氷室の元に歩み寄ると、その人は促すように肩に手を置く。だが、意を決して目を上げた先───視界に映ったのは元の姿の立夏だった。
「え…?」
身体的な変化が一切見られない。もっと言うならその表情も、仕草も、元の通りの彼のまま。
動揺を隠さない相手に苦笑すると、立夏はそっと指先を伸ばし、頬をなぞった。
「ごめんな、泣かせて……」
そう言って涙を拭う。
「機械さ、壊れてたよ」
原因不明の誤作動か、或いは老朽化によるエンストか。
「だから記憶も全部無事。残念ながら男のままだけどな」
「立夏───!」
照れ隠しをするように眉を寄せる彼の、悪戯が成功した時のようにニヤリと笑う彼の、そのすべてが愛しかった。愛しくて愛しくて堪らなくて、どうしようもなく嬉しくて、だから思い切り抱き締める。壊れそうなほど強い力で。ふたりがもう二度と離れないように。
「よかった、本当に……よかった……。私が分かりますよね。全部覚えてますよね」
「あぁ、覚えてる」
「あなたがいい。このままのあなたがいいんです。あなたでなければ、ねぇ、立夏」
「うん、うん」
何度も頷いてくれる愛しい人の髪にキスを贈り、改めて向き直る。
「愛しています、立夏……。あなたがいなくなってしまったら、私が存在する意味なんてない」
「氷室……」
「あなた以外では代わりにもならない。共に過ごした時間は掛け替えのないものなんです。……だから立夏、お願いです。もう二度と記憶を消そうとししたりしないで……」
それがどれだけ我が儘かも知っている。けれどこれだけは何があっても守らなければならないのだ、他の何を犠牲にしてでも。
氷室の目を見つめ、立夏はひとつ頷いた。
「……うん、ごめん」
そうしてそっと目を閉じて。滑らせた腕で引き寄せて。
「私が……好きですか」
「……んなの……聞くなよ」
柔らかに重なる唇。いつかよりも何倍も切なく、何倍も甘いキス。
「いいえ、聞きたい。私があなたを求めるように、あなたにも私を求めて欲しい」
「強欲なヤツ」
「お嫌いですか」
試すような含み笑いに、挑発に乗った主が口端を持ち上げた。
「悪かねぇな。………あぁ、好きだぜ」
再びゆっくり目を閉じて。
これまでの隙間を埋めるように熱いくちづけが夜を溶かした。
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一時はどうなることかと思いましたが、こんなオチ。えぇ、ここがオチ。
明日はいわゆるサービスシーンですので、どうぞお楽しみに(笑)
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noir #22 に続く
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