sign #22
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夜の闇、秋の終わりの匂い。
全力で駆ける身体はアスファルトの衝撃にブレ、冷たい空気が頬を撫でる。ヒュッという音と共に肺に吸い込まれてゆく空気は、痺れ始めた身体を巡った。
駆け付けた頃にはすっかり息が上がり、言葉を発するどころか、ちゃんと立つことさえもままならない有様だったのだけれど、遊園地の入り口に立つコウはそんな渉を見て嬉しそうに目を細めた。
「……会いたくなっちゃった」
ごめんね、とは言わない。それが彼なりの "精算" なのだと言外に知れた。恐らくは自ら我が儘を言うことで悪者に徹し、ここで決着を付けるつもりなのだろう。そんなことはない、と引き留めさせないために敢えての所業。
「ね、一緒に乗って」
少し痩せた身体が小首を傾げて見せる。彼がどれだけの逡巡の結果この結論を導いたのか分かるだけに、渉はそっと唇を噛んだ。横顔が、これで最後にすると告げていた。
向き合って乗り込んだゴンドラは、あの時と同じようにゆっくりと地上を離れて行く。忽ち眼下に広がる光のパノラマ。宝石箱をひっくり返したように、という形容さえ陳腐に思えるほど、その夜景はひとつひとつが鮮明であり、美しかった。
「……綺麗だね」
そんな隙間を縫うように聞こえる声は、もう何もかも諦めた横顔に彩られる。この目をするのは自分を切り捨てた時の癖だともう知っているからこそ、渉はギリギリのところで自戒を破る。どうしても、どうしても、諦めることなど出来なかった。
「コウ」
そっと名を呼べば僅かに持ち上がる肩。敢えて視線を移さずに気配だけで耳を欹てる姿がいじらしくて、渉は思いの丈を言葉に乗せる。
「コウ……僕も、君に会いたかった」
告げれば、驚いたように目を上げて。
「会いたかったよ……」
泣きそうな、嬉しそうな、複雑な表情を浮かべて見せる。それを見た瞬間、もしかしたら、という思いは半ば確信に変わった。
求めているのは自分だけではない。
諦めたくないは自分だけではない。
「……ねぇ、コウを抱き締めたい。隣に行ってもいいかい」
穏やかな口調で情熱を語る。コウが手を伸ばしたのが合図だった。
「わたる──…っ」
零れ落ちる涙。
スローモーションのように。
手が触れ、腕を回し、その香りを胸に、力一杯抱き締める。
「コウ……」
本当は優しくしてやりたいのに力の加減すら出来ない。もどかしくてもどかしくて堪らなくて、少しでも少しでも近付きたくて、掻き抱くように強く引き寄せる。このままひとつになってしまうかと思った。
僅か身動いだ相手を見下ろし、僅かな隙間で目を合わせる。潤んだ瞳の奥、ようやく辿り着いた真実が映り、渉は「あぁ」と溜息を漏らした。
「……コウ……」
ゆっくりと下りる瞼を見守り、そっと唇を重ねる。まるで初恋のキスのように互いが震え、ひどく緊張していた。
一度、二度、と繰り返し角度を変え、深さを変え、やがて熱を帯びるくちづけ。吐息を掠め、声を奪い、これまでの擦れ違いを埋めるように情熱的なものになってゆく。どちらからともなく求め合うキスに終わりはなかった。
その合間、縋り付くようにコウが告げる。
「どうしよう……渉が好きなの」
「うん、僕もだ」
涙で濡れた頬を拭うと、それが引き金になったようにまた新たな雫がポロポロと落ちた。
「……ごめんね。苦しませたね」
「ううん。違う。違うの」
嬉しいから。
くぐもった小さな声は、それでも渉の耳に届いた。
「こんな、こんなの……いいのかな……」
「何を心配してるんだい」
「だって、渉にばっかり負担を掛けるから」
「どうしてそう思うの?」
「アタシが我が儘だから。さっきみたいに、強引に誘ったりして……」
「僕は嬉しかったよ」
柔らかに首を振る。何度も何かを言い掛けるコウを制して、渉はゆっくりと言葉を紡いだ。
「僕は、コウに感謝してる」
勇気を出してくれてありがとう、そう続けるのに首を振るから、思わずギュッと抱き締める。心臓の鼓動さえもが彼に向かって叫んでいた。
「本当言うとね、不安だったんだ。君の奥深くまで踏み込んだことで、君を傷つけたんじゃないかって……」
「そんなことない」
「コウ?」
「そんなことないよ」
今度はコウが毅然と否定する番だった。互いが互いの弱いところを隠さず労り合うことで、ようやくその手を取ることが出来たのだと知った。
「君に会えてよかった」
「渉……」
「こんなことを言うと笑われてしまうかも知れないけど……僕は、君を傷付けるすべてのものから君を守りたいと思ってるんだよ」
何を置いても一番にその笑顔を見ていたいと願っているから。そのためなら何だってする。そのためならどんなことだって耐えられる。
「コウ……好きだよ」
「……うん、うん……」
再び強く抱き締め合って。これまでの日々を思い返して。そしてふたり同時に思い描いた、これから始まる素晴らしい日々。
ふと窓の向こうに目を遣ると、ゴンドラはいつの間にか頂上をぐるりと越えていた。
「もう地上か……」
「あっという間。景色なんて見てなかったわ」
今更の照れ隠しなのか、ぷぅと頬を膨らます彼が微笑ましくて渉は思わず目を細める。
「僕はコウを見てたよ」
「へ…っ!?」
虚を突かれるとはこういうことかと言わんばかりの間の抜けた声に、一番反応したのはやはり本人。
「そ、そーいう恥ずかしいセリフをサラッと言っちゃうのが渉なんだって、よぉおく分かった」
「僕は照れてるコウが見れた。カメラ持ってくればよかったな」
「何言ってんの。撮らせないわよっ」
そうこうしながら地上に戻ったふたりは、あの時と同じように箱から下りる。いつだって同じように回っているだけのものなのに、と感慨深げに見上げるコウの傍ら、肩を抱き寄せた渉は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「幸せになれるんだったよね」
「……うん?」
「観覧車のてっぺんでキスをすると」
「え、あ……」
「よかったなぁ」
かつて自分が語ったジンクスをこんな形で体験するなんてと顔を真っ赤にする者一名、それを見て実に幸せそうににこにこと笑う者一名。
「やっぱ渉、恥ずかしい!」
「それを僕に教えてくれたのはコウだろ?」
「もー言わないでっ それ以上言ったら口止めするわよっ」
「君のキスで?」
「〜〜〜〜〜!!!」
夜の帳の観覧車。
キラキラ光るイルミネーションの真下で、景色にそぐわぬ遣り取りが続いたとしても、今夜ばかりはご愛敬。
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自動更新かけておいたのに見事失敗してましたね、すみません。
(FC2のバグの多さには驚かされます……)
で、気を取り直して。
ようやくくっつきましたよ〜〜〜!(T-T) 長かったッスねぇ……。
明日は [ships] シリーズの水瀬&安里カップルが友情出演です。
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sign #23 に続く
sign #21
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それからしばらくというもの、渉は敢えて過密スケジュールをこなすようになっていた。
理由は至ってシンプルで、どんなに忘れようとしてもコウのことを思い、ships に足を向けてしまいそうになる。ならば無理矢理にでも断ってしまえと物理的解決を図ったのだ。
それはまるで空白の日々。
砂を噛むような、という表現はこういう時に使うのかと、ひとり昼夜兼用の味気ない夜食を掻き込みながら思ったりする。こんな時に話し相手になってくれるアシスタントの白崎もおらず、ひとり黙々と箸を運びながら、もう一度溜息を吐く。時間が解決してくれるのは後どれぐらい先の話なのか───考えれば考えるほど傷跡が広がってゆくような気がして渉はそっと首を振った。
会いたい。
そう思い焦がれるほど自分は彼を欲していたのだと、ようやく理解する。会って、話をして、謝って、それから……。
「何を、今更……」
言うべき言葉が見つからない。顔を合わせて話せることなど、何一つ思い付きはしなかった。
「……重傷だな」
この気持ちを知っている。もう随分長いこと自覚することもなかった感情。恋の病。こんな時に気付くなんて。
でも、だからこそ悟る。過去の恋愛においてトラウマを背負い、自分の恋愛に臆病になっているコウにとって、自分がいい存在とはいえないことを。
会えばきっと、触れたいと思う。
触れたらきっと、欲しいと思う。
欲しいと思えばキリがない。際限なく、すべてを手に入れたいと願うだろう。
「それじゃダメだ」
彼を追い詰めることにしかならない。自分は彼を守りたい、受け入れたい、受け止めたいのだ。彼を安心させ、笑わせ、優しくしてやりたいのだ。苦しめてはいけない。悲しませてはいけない。だからこの気持ちは、隠さなければならない。
自戒をし、渉はそっと目を細める。切なさで胸が張り裂けそうだった。
「きっと……これは罰なんだな」
失恋の思い出が蘇った彼の痛みに比べたら、これは傷にさえならないのだろう。だからどれだけ痛くても平気だと。
「コウ…」
名を呼ぶほどに胸が鳴る。どれだけ想い募るものかを思い知る。
たとえもう近付けなくても。たとえもう二度と会えなくても。どうか君だけは幸せになりますようにと心から祈った。
そして願わくばもう一度、君の笑顔を見たかった───
静かに目を閉じ、己の心に整理を付けようとした、その時。
「……っ」
ポケットの携帯電話がメール受信を知らせる。第六感は外れない。コウだった。
「まさか……」
何かあったのかと急いで開くと文章はなく、代わりに一枚の添付写真。液晶画面に映し出されたそれを見てカメラマンは一瞬言葉を失い、手近にあった財布を掴むと慌ててレストランを飛び出した。
それは、いつかの観覧車だった。
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大人っていうのは案外、不器用の代名詞なのかも知れませんねぇ。
明日はいよいよな展開です。乞うご期待!
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sign #20
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11月7日。秋の夜はシンと冷える。
店の一本裏通りで空を見上げていた渉は、ぶるりと身震いをしたことで我に返った。通話の切れた電話はすっかりなりを潜め、つい先程まで彼と繋がっていた事実さえ掻き消そうとする。思わず口を突いて出た嘘に対する罪悪感が溜息となって零れ落ちた。
「……ごめん」
自分の中でぐるぐると渦巻く、タールにも似た複雑な感情。この気持ちが何だか知っているからこそ、彼に伝えることは出来なかった。
「言えるわけ、ないじゃないか……」
常連達に嫉妬したなんて。
これまで何度もコウが他の客達と楽しそうに話している場面を見てきたというのに、何故先程は気持ちが抑えられなかったのか───なんとなく分かる。自分は自惚れていたのだ。観覧車の一件以来、自分が彼の一番近い位置にいると。彼が本音を語ってくれるのは自分だけなのだと。だからこそ、彼を構成する世界は広く、自分が関わっているのはそのほんの一部に過ぎないことを見逃していた。
「浮かれたのかなぁ」
この年にもなって。
自嘲気味に口端を持ち上げようとするのだけれど、力の入らない頬ではそれは敢えなく失敗に終わる。
「あれが本来の彼の世界」
自分が現れる前からずっと続いてきた彼の居場所。
きっと、あの場の誰もが彼の闇になど気付かないだろう。特に今夜はお祝いごとでもあり、彼はなおのことプロテクタを強固なものにしている。それは無意識の領域で。だからコミュニケーションは円滑に回り、すべての訪問者が楽しい時間を共有して帰路に着けるるのだ。
隠すことが絶対のマイナスではないならば、強引に切り込んではいけなかったのかも知れない。彼の闇を定義し、暴くことで、彼の世界を歪めてしまったかも知れない。
そう思うと居ても立ってもいられず、かと言ってこの場からは離れ難く、渉はいつまでも路上に立ち尽くす。襟足を撫で上げる冷たい風に首を竦め、待ち人に振られたようだと自嘲を浮かべた。
「コウ……」
夜空に浮かぶ銀色の月。
その輪郭を目でなぞって、遠い面影を追い掛ける。同じように花束に顔を埋め胸を痛めるバーテンダーは、バックヤードの闇ばかりを見つめていた。
「渉……」
初めに感じはのは焦燥感。会いたかったという強い想い。けれどそれは相手に嘘を吐かせてしまったという罪の意識によってあっという間に塗り替えられた。
平気で嘘を言うような人ではない。そうせざるを得なかったのだ。自分の重さに耐えられなくなったのだ。
「……ごめんね」
あの時、昔話なんかして。
自分は彼にたくさんのことを求め過ぎている。頼り過ぎている。すべて洗いざらいさらけ出して、それでも受け止めて欲しいと願っている。そんな自分勝手で独りよがりな想いに気付き、距離を取ったとしても何ら不思議ではない。むしろそこまで追い詰めてしまった己に嫌気が差した。
手の中の携帯電話を見下ろし、黙って電源を落とす。
自分からの連絡をやめようと決めた。
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相手のことでいっぱいになって、自分が飽和しちゃったんだね。
ウチのブログ始まって以来の不器用カップルかも知れない……。
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