Monthly archives

 2008年04月 

sign #02 

←前話へ

 カウンターに席を取り、客は、へぇ、と頷いた。
 小さいながらも行き届いた店内。
 渦を巻くように人々の間を縫ってゆくジャズの調べは決して邪魔ではなく、訪問者をあっという間にこの店の一部に取り込んでしまう。不思議な一体感がある一方で適度な距離感が崩れないのは、この道が長いであろうバーテンの存在によるものだった。
 さり気ない仕草でメニューを勧め、オーダーを聞くなりスルリと身を引く。慣れた手付きでロングショットをステアする指先を眺めながら、渉は軽いカルチャーショックに襲われていた。
 ゲイバーといえば、客が入って来るなり値踏みするように見るところや、店員がベタベタとうるさい場所というのがこれまでの経験から得ているイメージ。それでも仕事仲間に遭遇して変に気付かれするよりは、見ず知らずの人間相手に相槌を打つ方が楽な時もある。ただそれだけの理由でドアを開けた店だったが、予想は気持ちいいほどに覆された。
 客達はそれぞれの世界で和やかに笑い、羽目を外す素振りはない。カウンターにもうひとり座った男性は穏やかに年配のバーテンと談笑し、気に入りなのだろう、テキーラをおかわりしている。それぞれがそれぞれの時間を偶然一緒に過ごしている、そんな空間で、渉もまたようやく一息吐いた。
「お待たせしました」
 コト、と置かれたグラス。ホワイトラムの甘い香りがスパイシーなジンジャーに溶け、疲れた身体を包み込む。
「ありがとう」
 一口飲んで、思わず笑みを浮かべた渉に、バーテンはにっこりと笑みを作った。
「どうかしら」
「あぁ、美味しいよ」
「ふふ。よかった」
 軽く小首を傾げると、茶色のストレートがサラリと揺れる。スッキリとした目鼻立ち、線の細い面立ちは一見クールな印象だったが、笑うと途端に柔らかくなる。その雰囲気のギャップに瞬目が遅れ、然る後、見とれていたのだと気付いた。
 ごゆっくり、と言い残しその場を離れる後ろ姿を追いながら、上手いなぁとそっと呟く。恐らく自分がひとりで飲みたいのだと見抜き、わざと相手をせずにいてくれるのだろう。あの若さでこの接客が出来るなんてと関心する一方、先ほどの表情が瞼に焼き付いて離れないことに人知れず渉は動揺していた。
「君は……」
 つい勢いで口を開き、言葉を紡ごうとしたはいいものの、何かが喉につかえたようにそれきり声が続かない。何を話せばいいのか分からなかった。
 そんな客に気付いたのか、グラスを乾拭きしていた手を止め、バーテンは再び笑みを作る。さっきよりハッキリと弓形を描く唇に知らず視線は吸い寄せられた。
「……コウです。よろしく」
 その瞬間、偶然がふたりの未来を描く。
「吉岡です」
 それが最初の出会いだった。

----------
どもども。こんなトコでアレですが、連載開始にたくさんのバナークリック
ありがとうございました<(_ _)> びっくりするやら嬉しいやらで浮かれてます。
新しいキャラの渉サン、ちょっとオジさんですが、どぞよろしく〜(^-^;)

お気に召しましたら「BL小説」バナー↓をクリックしていただけると嬉しいです♪

sign #03 に続く