sign #04
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スタジオに響くシャッター音。
クランクアップを告げる声と同時に誰もが安堵の溜息を漏らす。今日もまた無事に仕事を終えたと頷いて渉は手にした愛機を見下ろした。
かれこれ十数年一緒にいる旧型ライカ。
最新式の一眼レフに比べたら接写や超望遠撮影で劣るものの、生まれて初めて手に入れた品だけあって思い入れはかなりなもの。なにせ、なけなしのバイト代をはたいて、それこそ清水の舞台から飛び降りる覚悟で買ったのだ。高かったっけなぁ、と当時のことを思い出しながら、知らず頬に笑みが浮かんだ。
写真というのは奥深い。どれだけ撮っても飽くことがない。人も景色も思い出も、痛みも喜びも切なささえも丸ごと切り取ってしまような、そんな気にさせられることもあった。
レンズ越しに見るどれだけ広い世界であっても、焦点が合わなければ意味がない。それは即ちこの胸を叩くような、この心を浚うような被写体を常に渇望しているとも言い換えられた。
仕事ではない、本当に撮りたいものを求めてみたい、そんな欲求が沸々と湧き上がる。普段は押し込めている感情だけあって、水を向けた途端意識はゆるやかに流れ始めた。フィルムを巻き上げる手を止め、ぼんやりと宙を見る。今撮ってみたいものがあるとすれば───ひとりだけ思い当たる人物があった。
屈託なく笑う、鳶色の目をしたバーテンダー。
「……なん、だろう……」
プロのモデルでさえ撮りたいと強く思う相手は稀なのに。渉は自分の中の整理出来ない興味に僅かに戸惑い、そしてゆっくりと息を吐いた。衝動、という言葉を思った。
撮ることは触れることに似ている。
凜としたクールさと柔和な表情、そして何より人懐っこい底なしの明るさ。三位一体のような不思議な存在を自分はもっと知りたいと思い、理解したいと思った。
そんな物思いに沈んだカメラマンを現実に引き戻すように、スタッフのひとりが声を掛ける。
「……さん、吉岡さーん。なにボーッとしてんスか」
「え? あ、あぁ、うん……」
咄嗟に言い訳も思い付かず口籠もるのを何と誤解したか、アシスタントの白崎は屈託なく笑った。
「そういうトコ、ホント年上に見えないッスよねぇ。いや、いい意味で」
「それがフォローかい」
「いや俺も精一杯なんで。なんちゃって」
テキパキと撮影道具を片付ける合間に口も動かす。のんびり屋の自分とは打って変わった手際の良さに、カメラマンは出る幕なしと踏んで大人しくそれを見守った。
「それに吉岡さん、結構背ェ高いですよね? 180ぐらいあるでしょ?」
「あー、うん、そうかも知れない。最近計ってないけど……」
「服装もなんかいつもお洒落だし」
「そう? 光が入らないようにってだけだよ、黒着てるのは」
「髪型とか」
「いつも短いだろ」
「流行ってんですよ、今年」
「そうなんだ。僕は単に散髪に行くのが面倒なだけで……」
「吉岡さんっ」
「うん?」
まったく、褒め殺しにしようとしてもこの始末。白崎は大きく溜息を吐き、改めて愛すべき先輩に向き直った。
「そんだけ条件揃ってて、いっそモデルでもやればいいレベルなのに、どーしてあんたはそう無頓着なんスか」
「モデル? 誰が?」
「話の流れから察してくださいよ……」
「僕? ハハ、白崎くんは面白いなぁ」
「もういいッス……」
何をこんなに頑張っていたのかとしょんぼり肩を落とす後輩に、さすがに悪いと思ったのか、カメラマンが背中を叩いた。
「そう言ってくれたのは嬉しいけど、僕は撮られるより撮る方が好きだからね」
「知ってます。カメラ構えてる時が一番楽しそうだから」
「君もだろ?」
笑みを向けると、ニヤリと口端を持ち上げて応える。今はお互いプロとセミプロの関係ではあるけれど、仕事への情熱も厳しさも1ミリだって変わりなかった。
「……さて、帰ろうかな」
話が一段落したのを契機にカメラケースを携え、立ち上がる。
「お疲れさまッス。俺、これ片付けたら出ますんで……」
「あぁ、ありがとう。じゃあ……」
頼りになる後輩に後は任せ、渉はスタジオを後にした。
足は一路、彼の元へ───。
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ふとした時に相手を思い出すっていいなぁと思って前半書きました。
後半は渉の人物紹介を(今頃)しようとしたのはいいんですが、
結果的にただの天然ということになってしまいました……なぜ……(~_~)
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sign #05 に続く
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