sign #05
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気が付けばそこにいる。君がいる場所だから───
何度か訪れるうち、ふたりは打ち解けて話すようになっていた。
客と店員、そのスタンスを保ちながらも尽きぬ興味を掻き立てられる。相手を知れば知るほどその衝動は強まるばかりだった。
渉はコウの屈託のなさに心を開き、無意識に醸していたバリケードを解いてゆく。一方コウは渉の穏やかな人柄に触れるうち、仕事としての顔から時折素面を見せた。互いが互いに近付くためのそうした変化は静かに、だが確実にふたりを変えてゆく。それを自身が自覚するより早く、互いが相手の羽化を感じていた。
「……柔らかくなったわねぇ」
「うん? 僕?」
「だって、最初に来た時は "話し掛けるな" オーラが出てたじゃない」
「あぁ、そうだったね……。仕事のせいにするわけじゃないけど、立て込んでるとどうしても気が滅入ってしまって……」
そう言って傍らのケースをポンと叩く。
「でも、コウがいてくれたから」
「アタシ?」
「……こんなこと言うとおかしいかも知れないけど、あの時コウが僕に向かってにっこり笑ったんだよ。それがね、凄く印象的で……レンズ越しに見たらどんな表情をするんだろうって思った」
カメラを構える真似をすると、途端バーテンダーの頬が緩んだ。
「さすがプロ。いつもそんなこと考えてるのねぇ」
「……やっぱり写真が好きだからね」
はにかんだように笑うのを見遣り、コウは仕方ないわねぇと苦笑する。キラキラと光る目はどれほどの言葉よりも彼の情熱を伝えていた。
穏やかな時間。優しい空間。
カウンターを挟んで向かい合いながら、まるで旧知のように言葉を紡ぐ。時々コウがオーダーに応じて席を外す時でさえ、心地よく響くジャズが渉の心を浮き立たせた。
「渉、おかわりは?」
「……あ、あぁ。どうしようかな……」
空のグラスが下げられるのを目で追いつつ考えるのだけれど、疲れた身体に染みたアルコールの心地よい痺れに思考回路が働かない。
「……すまない、任せていいかい」
「リョーカイ」
何のリクエストもないオーダーに鮮やかな笑みを浮かべたバーテンダーは、棚から綺麗なコアントローの小瓶を取り出す。頭の中に数限りなくストックされているであろうカクテルのうち、ラムベースからチョイスしたメニューのひとつを慣れた手付きで作り上げた。
「飲み過ぎはよくないから、今日はこれでお終いね」
「それで "XYZ"か」
「……渉、元バーテン?」
「いやいや、詳しくなんかないよ。好きなものを覚えてるだけ」
そっとグラスを傾け、爽やかな柑橘系の香りに心躍らせる。
「うん。美味しい」
そう言うと、コウは笑顔前回にサムズアップで応えた。
「だってスペシャルだもの♪」
顔を見合わせて吹き出して。笑い過ぎだと怒られて。
そうして穏やかな夜は更けていった。
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ちょっとずつ、いつものコウらしさが出て来ました。さてこれからです。
『sign』ではカクテルの描写が多いので、今回からメモも載せますね。
<カクテルメモ>
"XYZ"はアルファベットの終わりが意味する通り、"これ以上のものはない"
という意味が込められたカクテル。最後の一杯に飲まれることが多い。
レシピはライト・ラム、コアントロー、レモン・ジュースのシェーク。
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sign #06 に続く
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