sign #11
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ドアを開けたのは意中の人だった。
「……うそ」
思わずそんな言葉が口から零れる。予想だにしなかった登場人物にコウは動きを縫い止められ、上手に笑みさえ作れなかった。
「ただいま」
日本を発った時と同じ大荷物を抱え、やれやれといった風にカウンターに座る。そのすべてが幻のようで、なおも言葉を繋げないバーテンダーに、客は穏やかに目を細めた。
「どうしたんだい、コウ。おかえりを言ってくれないのかい?」
「……え、あ、」
「ふふ。珍しいな、君がそんな顔するなんて」
頬杖を突き、悪戯っ子のように笑う仕草に、ようやくコウは我に返る。途端嬉しいという感情が体中に一気に渦巻き、理性の制御させ失わせた。
「やだ、も……びっくりしたじゃないのっ。明日だって言ってたのに」
「ごめんごめん。それで驚いてたのか」
「夢でも見たのかと思ったわよ〜」
半分本当、半分嘘。
会いたいという気持ちが強過ぎて幻影を見ているのかと思った、そう言ったら彼は何と言うだろうか。コウの思いを余所に苦笑したその人は、本当はね、と前置きして言葉を続けた。
「明日の夜、来ようと思っていたんだ。フライトの後じゃ疲れてるだろうし、幸い明日はオフだしね。……でも、なんだか凄く会いたくて、居ても立ってもいられなくて。空港から真直ぐ来たんだよ」
「渉…」
ドキリと高鳴る胸を押さえ、コウはようやく笑みを浮かべる。
「凄い。高校生みたい」
「だろう? 僕も自分でびっくりだ」
そう言って眉を下げる姿を、ずっと見ていたいと思った。
「嬉しい、来てくれて。ありがと。……そして、おかえりなさい」
「あぁ。ただいま」
漆黒の瞳、閃く光。
眼差しを受けながら、バーテンダーはキューブ・アイスを入れたゴブレットを軽くステアし、マンダリン・リキュールを注ぎ入れる。南国帰りの訪問者のため、柑橘系が濃厚なやや甘めのウォータールーは宵の口に華やかに香った。
「無事の帰還に乾杯」
わざとらしくグラスを掲げればそれを見たカメラマンが口端を上げる。
「コウが笑った顔が見れてホッとしたよ」
「ふふ。安定剤になれてる?」
「あぁ、凄い効力だ」
喉を滑り落ちるオレンジの心地好さ。渉はゆっくり目を閉じ、そして再び視線を合わせた。
「……明日、ちょっと付き合ってもらえないかな」
首を傾げるコウに、撮影だよ、と告げる。
「ハワイに行く前に約束しただろう。グラビア飾ってみたかったって」
「え?……あぁでも、明日はお休みって……」
体調を気遣う相手にカメラマンはにっこり笑った。
「だからだよ。スタジオも使い放題で好き勝手出来る。コウさえよければ、僕はいつでも」
「ホント? じゃあ、お言葉に甘えて撮ってもらっちゃおっかな。撮影所なんて滅多に入れないし♪」
「よし決まりだ。細かいことは電話する」
「楽しみね」
鮮やかな唇が弓形を描く。
土産話に花を咲かせながら、ふたりは静かに時の流れに身を任せた。
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予定繰り上げてご訪問。奥でカジーがニヤ付いているに違いない(笑)
乾杯にゴブレットのグラスを選ぶあたりにコウの乙女度が炸裂してます。
<カクテルメモ>
"ウォータールー"は映画「哀愁」で有名なロンドンの橋の名前。
フルーツテイストのしっかりした甘めの仕上がり。
レシピはホワイトラム、オレンジジュース、マンダリンリキュールのビルド。
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sign #12 に続く
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