sign #12
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高い天井のスタジオにシャッターを切る音だけが響き渡る。
コンクリート打ちっ放しの簡素な造りは吸収することなく音を跳ね返し、幾重にも波紋を投げ掛けていた。ひたひたと静かに広がってゆく創造の世界。無駄なものなど何もない、密やかに閉じられてゆく空間の中で、渉はただ神経を研ぎ澄まし被写体のすべてを感じていた。
だが、案の定、と言うべきか。
レンズを通して見る相手のすべてを分かってしまう、カメラマンとしての性をこの時ばかりは少し恨んだ。
まだだいぶ緊張の面持ちで引き攣った笑みを浮かべながら、コウは時折自分の知らない顔をする。生まれて初めての体験の上、自分の底までを写し撮ろうとするカメラマンに対峙し、どうしていいのか分からないといった風だ。その不安はダイレクトに見えない壁を造り出し、ふたりの間のフィルターとなった。
素人なのだ、仕方がない。
そう受け流すことなど造作もなかったのだけれど、最近感じていた違和感と妙にリンクし渉は妙な胸騒ぎを覚える。表層とは別に、殆どの人間に対して頑なに触れさせない彼の本質が埋まっている気がして、思わずカメラマンは手を止めた。
「……渉?」
それまで夢中で覗き込んでいたライカから顔を上げ呆然とこちらを眺める様子に、さすがに不審に思ったのかコウが声を掛ける。
「あ、あぁ。何でもないよ」
休憩しようか、そう言ってカメラを置く。モデルがホッと息を吐くのが気配で分かった。
「疲れたかい? コーヒーでも煎れようか」
「うぅん、大丈夫。ありがと」
ミネラルウォーターを一気に半分飲み干しながら掌を振ってみせる。そういえばあの子も初めは緊張して喉が渇いたって水ばかり飲んでたな、と付き合い3年になる知り合いのモデルを思い出し、渉は自然と目を細めた。
「コウ、緊張してる?」
「そりゃ初体験ですもの〜。なんか妙に力入っちゃうのよねぇ」
「分かるよ、みんなそうだからね。……気分転換に、ちょっと散歩でも行こうか。この近くに公園があるんだ」
提案に両手を挙げて賛成を示したコウは、憧れのモデル業からさっさと転身を図るべく靴を履く。その身のこなしについ笑ってしまったとしても今は許されるだろう。
「廃業じゃなくて、休業」
「はいはい」
言い含めるのになお肩を振るわせ、ふたりは並んでスタジオを出る。
爽やかな秋の日の午後、頬を撫でる風は優しく空は高い。誘われるように浮き足立つ渉の胸元、首から提げた愛機を見つけ、コウはつくづくといった風に笑みを浮かべた。
「カメラはいつも持ってくんだ?」
「……あぁ、これかい? そうだなぁ、もう癖みたいなものだよ」
「いつでも撮れるように?」
「そう。これで君の情けない姿も激写出来る」
「ちょっと渉っ」
「ハハハ、冗談冗談」
何度も小突くコウの手をかわしつつ、今度こそ声を立てて笑う。こうしているとつい先程の不安などなくなってしまったように思えるのに。
君の本当の素顔が見たい。
君のすべてを受け入れたい。
胸に燻る思いの火種は想像以上に熱く激しい。
辿り着いた目的地、一目散に駆け出して行った後ろ姿を目で追いながら、渉は静かに己と向き合っていた。
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さて、長い長い前置きが終わってようやく話が動き出しますよー。
今までの全部前置きって普通に考えてやり過ぎということに気が付いた(今頃)
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sign #13 に続く
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