sign #13
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穏やかな日差し。
遠くから聞こえる子供たちのはしゃいだ声。
すべてが優しく、すべてが満たされている時間の中、シャッターを切る音がふたりの今を切り取ってゆく。公園の噴水に頬を緩ませる姿をファインダー越しに見付けた渉は、構えていたカメラを下ろして笑みを作った。
「……今、いい顔したね」
長年人を撮ってきたからこそ分かる。ハッとするような表情を浮かべる瞬間。それを見たくて、残したくて、自分はカメラを手にしているのだと気付かされるような、そんな表情だった。
「今のが君の本当の素顔だろう?」
「ふふ。そう…?」
そう言って小首を傾げる仕草に渉は直感する。間違いなく、今、壁の向こう側にいたと。許された者だけが辿り着ける彼の聖地ともいうべき場所に、束の間であれ立つことが出来た。
向き合ってきた時間は少ないけれど、それでも彼が他者にそれと悟らせぬ巧みさで己の中にふたつの空間を有していることは気付いていた。表に公開するのとは別に、同時系列で進行するまったく別の世界は、誰かが覗こうとしても彼の許しなく入ることは敵わず、また殆どの者がその存在自体を知らない。それぐらい完璧なまでの二極化が進む中で、不意に垣間見える楽園の美しさに渉は笑みを禁じ得なかった。特別な者だけが許される場所。初めて見る彼の深層。
そう、まるで羽化のように。
ひとたび心の奥を開いたコウからそれまでの堅さは嘘のように消え、レンズに映る表情がみるみるうちに変わってゆく。苦しいことさえ気付かなかった呼吸が少しずつ楽になるような柔らかな変化に、カメラマンは一層唇を上げた。
「……随分見違えたな」
「しっつれいねー。いつでも美人よ」
感心しきりと呟けば、自覚があるのかないのか、コウはわざとおどけた調子で返すから。
「ハハ、そりゃそうか」
「そーよぉ。トップモデルなんだから」
思わず噴出し、睨まれて。ふたり揃って声を立てて笑う。
和やかに話しながらの撮影はあっという間にタイムアップを迎え、このまま店の下準備に向かうというコウを見送る。その背中が地下鉄の階段に消えて行くのを見守りつつ、渉はそっと溜息を吐いた。
彼の中のボーダーライン。
自分がそれを飛び越えたことについてコウが自覚したかどうかは分からない。だが、少なくとも頑なに他者の進入を拒み、かつすべてを煙に巻く術を磨けば磨くほど、彼自身すぐに息が出来なくなり、無理して笑わなければならなくなるのだ。
「……器用だから困るね……」
黄昏の迫る街に佇み、少しずつ薄れる輪郭を追う。
強がることで彼が守ろうとするものは何なのか、知りたいと思った。
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コウの闇に気付き、かつその線を踏み越えたのは渉が初めてかしら。
もどかしいでしょうねぇ、コウ相手だと(^-^;) 今後にご注目ください〜。
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sign #14 に続く
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