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 2008年04月 

sign #16 

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 カタン、と目線が一段高くなる。
 ふたりを乗せたゴンドラはゆっくりと空への距離を縮め始めた。
「わ、凄い凄い。もうあんなにちっちゃーい」
「コラ、揺らすな」
「うっわ、今見た? コースターがアタシ達の真下通った!」
「あんまり下を向いてると酔うぞ」
「そんな電車じゃないんだから〜」
 あはは、と呑気に笑いながらコウは落ち着きがない。いつものハイテンションというのとはどこか違う、無理してはしゃいでいるようにも見えた。
「……そっち側でいいのかい?」
 ふと、気になって声を掛ける。コウが何故下ばかり見ているのか、その視線の先を読んだ渉は彼が景色を見たいのだと悟った。丁度観覧車の軸に向いて腰掛けていると風景はいつも同じ。替わろうか、と右手を伸ばし掛け───見慣れぬ表情に縫い止められる。明らかに、緊張を隠している顔だった。
「……そういうトコ、似てる」
「え…?」
 思わず口を突いて出た言葉。
 これまで頑なに閉じ込めていたものの箍が外れるように、コウはポツリと呟いた。
「渉は優しいよねぇ」
「コウ?」
 何かある、そう察するのには充分なほど。普段の彼からは想像も出来ないほど辛そうな顔をして、華奢な指先で髪を梳く。夕陽が横顔を真っ赤に染めた。
 それきり黙りこくってしまった相手を前に、ゴンドラだけがゆっくりと空を目指す。俯いた頬に差し込む斜陽は一層コウの闇を浮き上がらせ、渉の確信を強めるだけだった。
 そっと立ち上がり、隣に座る。今は少しでも近くにいなければと思った。
「コウ、話してくれないか。僕でよければ何でも聞くから」
 まるで泣きじゃくる子供に言い聞かせるようにと。目を細め、彼はふわりと笑って見せた。それが降伏の笑みであることなど誰の目にも明らかで。
「ごめんね、気遣わせちゃって」
 首を振り、渉はただ静かに言葉を待った。
「……昔、好きだった人がいてね……」
 思い出をあやすような遠い眼差し。
「ふたりっきりになりたくて、一緒に観覧車乗ってもらったんだ。向かい合って座ってるだけで胸がドキドキして嬉しかった……」
 今ここにいない面影を追い掛けて彼が目を閉じる。
「観覧車のてっぺんでキスしたら幸せになれるってジンクス、知ってる? あれに憧れたっけなぁ……」
 けれど、恋は実らなかった。
「相手に好きな人がいたのよ。しかもその子はアタシの親友」
 よくある話だけどね、と無理矢理苦笑を浮かべながら、コウは自らを繙くように言葉を続ける。
「先に言えばよかった。あなたが好きですって言っちゃえばよかったのよ」
「言わなかったのかい?」
「……言えなかった。だって、相談されちゃったんだもん」
 おまえにしか頼めないなんて言われたら、好きな人のために頑張っちゃうじゃない?
 そう言って寂しそうに笑うのが堪らなくて。
「コウ……」
「こういう性分だしね」
 親友と上手くいくようにとアドバイスを求められ、しどろもどろに答えながら、密かに想い続けた片恋は泡となって空に消えた。
「一生懸命話してたけど、地上に戻って来るまでの後半、ホントは何も覚えてないんだ。もうどんだけ乙女だったんだって話よね〜」
 無理に笑おうとするのを手で制して。
「君は、本当に……」
 思わずぎゅっと抱き寄せる。切なさに胸ばかり痛んで力の加減も出来なかった。
「もっと息を吐きなさい。もっと楽になりなさい」
「渉…?」
 慌てたコウが過去のことだ、もう大丈夫だと取り繕うとするのさえカメラマンは聞く耳を持とうとしなかった。彼が己の闇に捕らわれ、闇を隠して生きていることにどうしようもないもどかしさを感じていたのだ。
「ねぇ聞いて。君の明るさも、屈託のなさも、何より人を幸せにしたいと願う気持ちも僕は素晴らしいと思うよ。……でも、君の幸せは君にしか掴めない」
 その代わりはどこにもいないのだから。
「今の君は、息抜きの仕方を知らずに全力で泳ぎ続ける魚だ。だけどそれじゃ、いつかは疲れ果ててしまう。……分かるかい?」」
 静かに頷くコウに、渉はそっと首を傾げる。
「飾らなくていい。無理しなくていい。辛かったら泣いていいし、弱音だって吐いていい。店で出来ないなら僕の前で言えばいい。いつでも聞いてやる」
 そのすべてじゃなくていいから。ほんの少しでもいいから。どうか吐き出して。楽になって。
 渉の真摯な眼差しに動きを止めたコウは、暫くジッと唇を噛んで黙っていた。それがゆっくり開かれるのに比例して、その目尻に涙が溜まる。
「……そんなこと言われたの、はじめて……」
 ありがとう、と。
 再度抱き込まれた胸に身を預け、コウはようやく深呼吸をする。心は嘘のように軽くなり、そして温かいもので満たされていた。
 ふたりを乗せたゴンドラがゆっくりと天を行き過ぎる。
 新しい思い出がすべてを変えた。

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普段はおっとりしている渉ですが、ここぞという時にはしっかり者。
強がるコウをフォローしつつ、ふたりの距離が縮まり始めております。

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sign #17 に続く