sign #18
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暗闇の中、引き連れる薔薇の香り。
通い慣れた道を辿る足取りは軽く、ここ数日の激務など明後日に放り投げたように小気味よい靴音を響かせる。肩から提げたシルバーのカメラケースも撮影用バッグも容赦なくその重みを凭せていたけれど、それでも浮き立つ心には敵わなかった。
「慣れないもの持つとやっぱり恥ずかしいなぁ」
見下ろす傍ら、携えたのは真っ赤な薔薇。
撮影の小道具として用意された大量のそれを、渉はクランクアップと同時に二束三文で買い取った。どのみち捨てるか配るかしかなかったのだからと恐縮する美術担当を、なんとか宥め透かしたのには理由がある。タダでもらったものはプレゼントに出来ない。
「……イキナリ渡したら驚くかな」
彼の人の顔を思い出し、カメラマンは悪戯っ子のように笑う。
腕時計が23時のアラームを鳴らすのを止め、ひとつ呼吸を整えて。見慣れた店のドアを引けば心地よいジャズの調べと───店内を埋め尽くす客の姿だった。
「……うわ、」
これまでに見たことのない混雑振りに渉はのっけから圧倒される。座る椅子などとうになく、店内では誰もがグラス片手に立ち話を繰り広げていた。いつからここはスタンドバーになったのだと瞬きを繰り返す渉に、入り口付近にいた男性が声を掛けてきた。
「あんたもコウちゃんのお祝い組? ……綺麗スね、薔薇」
「あぁ、これは……。それより今日は何かのお祝いなのかい?」
「え? 知らないで来たんだ? 誕生日なんスよ、今日」
ホラ、と指差された先、人波の向こうでコウの横顔が僅かに見える。たくさんの常連客に囲まれ、次々と差し出されるプレゼントを受け取りながら満面の笑みを浮かべていた。
「……あぁ、そう、か……」
なんて屈託のない笑顔。
この距離じゃ、その闇はまるで見えない。
「そうなのか……」
この距離じゃ、腕も声も届かない。視線さえも交わらない。
「僕、帰ります」
「え? 折角来たのに。花だって……」
「いいんです。……あぁ、梶原さんがこっちに来た。彼に渡して帰ります」
「え、ちょっと、あんた」
なおも引き留めようとする客に一礼すると、渉はそのまま身を翻す。丁度店内を掻き分けるようにやって来たオーナーを捕まえると、挨拶もそこそこに花束を差し出した。
「すみません、これ、渡してあげてください」
会うや否や真っ赤な薔薇を渡されて一瞬度肝を抜かれた梶原も、相手が渉だと知ると振り返ってコウを呼ぼうとした。
「あ、いいんです。ちょっと寄っただけなので……」
「いや、それだと後から俺が殺される」
苦笑を浮かべる梶原につられて眉根を寄せつつも、どうしてだろう、今は上手く話せる気がしなかった。
「明日また早くて、すぐ行かなくちゃいけないんですよ。すみません」
曖昧な笑みで答えると、何事かを察したのだろう、梶原は大きくひとつ頷いてみせる。
「じゃあ、また来ます」
そうして返事も待たずに渉は再びドアに手を掛ける。滞在時間わずか5分。それでも抱えたインパクトたるや初回のそれに匹敵した。
輪郭のない想い。
口元に手を当て、渉は混乱を抑えることしか出来なかった。
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あーなんか。なんか落ち着かない。書きながらムズムズしてます。
やっぱ恋愛には引き潮と満ち潮が必要よねぇと突然大きな宇宙観(~_~)
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sign #19 に続く
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