sign #20
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11月7日。秋の夜はシンと冷える。
店の一本裏通りで空を見上げていた渉は、ぶるりと身震いをしたことで我に返った。通話の切れた電話はすっかりなりを潜め、つい先程まで彼と繋がっていた事実さえ掻き消そうとする。思わず口を突いて出た嘘に対する罪悪感が溜息となって零れ落ちた。
「……ごめん」
自分の中でぐるぐると渦巻く、タールにも似た複雑な感情。この気持ちが何だか知っているからこそ、彼に伝えることは出来なかった。
「言えるわけ、ないじゃないか……」
常連達に嫉妬したなんて。
これまで何度もコウが他の客達と楽しそうに話している場面を見てきたというのに、何故先程は気持ちが抑えられなかったのか───なんとなく分かる。自分は自惚れていたのだ。観覧車の一件以来、自分が彼の一番近い位置にいると。彼が本音を語ってくれるのは自分だけなのだと。だからこそ、彼を構成する世界は広く、自分が関わっているのはそのほんの一部に過ぎないことを見逃していた。
「浮かれたのかなぁ」
この年にもなって。
自嘲気味に口端を持ち上げようとするのだけれど、力の入らない頬ではそれは敢えなく失敗に終わる。
「あれが本来の彼の世界」
自分が現れる前からずっと続いてきた彼の居場所。
きっと、あの場の誰もが彼の闇になど気付かないだろう。特に今夜はお祝いごとでもあり、彼はなおのことプロテクタを強固なものにしている。それは無意識の領域で。だからコミュニケーションは円滑に回り、すべての訪問者が楽しい時間を共有して帰路に着けるるのだ。
隠すことが絶対のマイナスではないならば、強引に切り込んではいけなかったのかも知れない。彼の闇を定義し、暴くことで、彼の世界を歪めてしまったかも知れない。
そう思うと居ても立ってもいられず、かと言ってこの場からは離れ難く、渉はいつまでも路上に立ち尽くす。襟足を撫で上げる冷たい風に首を竦め、待ち人に振られたようだと自嘲を浮かべた。
「コウ……」
夜空に浮かぶ銀色の月。
その輪郭を目でなぞって、遠い面影を追い掛ける。同じように花束に顔を埋め胸を痛めるバーテンダーは、バックヤードの闇ばかりを見つめていた。
「渉……」
初めに感じはのは焦燥感。会いたかったという強い想い。けれどそれは相手に嘘を吐かせてしまったという罪の意識によってあっという間に塗り替えられた。
平気で嘘を言うような人ではない。そうせざるを得なかったのだ。自分の重さに耐えられなくなったのだ。
「……ごめんね」
あの時、昔話なんかして。
自分は彼にたくさんのことを求め過ぎている。頼り過ぎている。すべて洗いざらいさらけ出して、それでも受け止めて欲しいと願っている。そんな自分勝手で独りよがりな想いに気付き、距離を取ったとしても何ら不思議ではない。むしろそこまで追い詰めてしまった己に嫌気が差した。
手の中の携帯電話を見下ろし、黙って電源を落とす。
自分からの連絡をやめようと決めた。
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相手のことでいっぱいになって、自分が飽和しちゃったんだね。
ウチのブログ始まって以来の不器用カップルかも知れない……。
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sign #21 に続く
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