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 2008年05月 

sign #23 

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 雨降って地固まるとはよく言ったもの。
 大騒ぎのうちにようやくまとまったふたりが揃って ships へ足を運ぶと、梶原は開店準備をしていた手を止め、ニヤリと笑った。
「そうかそうか」
「……なによ」
 意味深な眼差しに思わずぐっと顎を引いて身構えるのだけれど、皆まで言うなとばかり首を振るオーナーはすべてを語らせない。それが大人の振るまいなのだとしたら格好いいで終わる話、だが長い付き合いの梶原はすべてを悟っている───このパターン、一度で済むことなどあり得ないと。手を変え品を変え人を変え、伝説となるまで語り尽くすであろうコウの性格を考えると、同じ話は1回でも少なく抑えようというある意味涙ぐましい対処なのである。
 そんな梶原の思惑などどこ吹く風、コウがバックヤードで準備に取り掛かるのを見送り、渉はオーナーに一礼した。
「いろいろお騒がせしました」
「あぁ、そうだったかな」
 呆けるように笑う優しい人。カメラマンも知らず笑みを浮かべながら対峙する。
「僕は彼の仕事に差し障りがないよう、お付き合いさせていただくつもりです。これからも寄らせてもらいますので、よろしくお願いします」
「おいおい、それを言うのはこっちだよ」
 あんなじゃじゃ馬でいいのか、なんて。まるで愛娘を語るような口調で。
「彼でなければダメなんです」
「……そうか」
 真直ぐ返される眼差しに、オーナーはひとり嬉しそうに目を細める。
「あいつ、よろしく頼む。あなたになら託せる」
「はい」
 差し出された右手。それを握り返して男同士の約束を確かめる。
 それは同性同士の恋という、数多の障壁が立ち塞がる恋路に就いた者として、同じ道を行く戦友として、ここ ships のクルーとして、新たな一歩を踏み出すことを意味していた。日常の風景のようでいて、確かに短い儀式だった。
 言葉もなく静かに向き合うふたりの間を、あっという間に賑やかな声が埋めた。支度を終えたコウがパタパタと駆け込んで来たのだ。
「やー、お待たせお待たせ。掻い摘んで報告しようと思ったのに、なんかいろいろ喋っちゃってさー」
 光沢のある黒いシャツ、黒いパンツ。そんなクールな出で立ちに不釣り合いなほどのハイテンション。思わず梶原と渉は顔を見合わせ、吹き出した。
「あー、なによぅ。人の顔見て笑うって失礼じゃない〜」
 そんなふたりを前にむぅ、と頬を膨らますコウだったが、幾らも経たないうちに締まりなく頬を緩ませる。抑えようとしても込み上げてくるらしい笑みは見る者さえも巻き込み、忽ちのうちにピンクのオーラで包み込んだ。
「コウ。報告って、アサトにか?」
 従業員の七変化など見慣れたもの、オーナーは懐かしい名を挙げる。
「そうそう。久しぶりよねぇ。今日これから水瀬さん連れて来てくれるんだって」
 かつての同僚は第一報を聞くなり、通常のコウを上回る勢いでテンションを上げた。いつもは相談に乗ってばかりの、自分より他人を優先してしまうコウがいよいよ恋人を持ったとあっては居ても立ってもいられない、と半ば強引に仕事を畳み、挙げ句の果てには恋人であり上司でもある水瀬を強制的に引っ張って来ると言う。記者会見ばりのロングインタビューが展開されることは火を見るより明らかだった。
「渉、あのね。どうしても報告しておきたい大事な友達がいて、アサトっていうんだけど……」
 カウンターに陣取ったコウが前知識をと口を開き掛けた、その時。
「コウちゃーんっ!」
 勢いよく扉が開き、小柄な男性が駆け込んで来た。
「アサト!」
 フレンチグレーのスーツが似合う綺麗な顔立ち。だが何故か髪を振り乱し、ネクタイを翻し、スーツの裾をはためかせての登場に、渉は椅子から立ち上がることも忘れて成り行きを見守った。
「ちょっとコウちゃん、彼氏出来たんだって!?」
「そうなのよ〜。これがまた超イケメンなのよぉ〜〜」
「マジで!!?」
 だが、急にシナを作る恋人の物言いに我に返る。
「コラ、コウ。嘘は良くな……」
「わぁっ」
 カウンターから身を乗り出そうとしているバーテンダーを制したところ、今度は反対側から覗き込まれ、カメラマンは見事固まる。予想だにしない展開である。
「ホントにイケメンなんですねっ」
「アサト!?」
「あ、すすすすいません、つい……」
 途端顔を真っ赤にして後退るから、言葉以上に本心を語った。
「もー、ダメよ、恋人の前でそんなこと言っちゃ」
 はいはい、とコウが手招きをすると、それまで入り口付近で遣り取りを見守っていた男性がようやくのことで店内に足を踏み入れる。「もしものために避難経路は確保しておかないと」などと笑顔で揶揄するあたり、なかなかの切れ者との明。
 渉の視線に気付いたのか、コウが彼を差して言った。
「紹介するわ。彼が、アサトの公私共にパートナーである水瀬さん」
「初めまして、水瀬です」
「吉岡といいます」
 軽い会釈さえ美しいと感じるのはその無駄のない身のこなしのせいだろう。濃紺に同色のストライプをあしらった品のいいスーツ、銀フレームの眼鏡が彼を一層涼やかな印象に仕上げている。そんな、一見近寄り難いとさえ思わせる存在が、傍らの恋人を見守る時の穏やかな表情に、渉は頬が緩むのを抑えられなかった。
「……で、こっちがアサト。アタシの元同僚で、今もリアルタイム大親友」
「ちょっとコウちゃん、それ何かヘンじゃないー?」
 眉を下げて笑うと初対面より更に幼い。荒削りながら実直な性格が滲み出る瞳に、渉はふと目を細める。コウが大親友というのが分かる気がした。
「さっきはごめんなさい。安里和樹といいます」
「吉岡です。元同僚ということは、ここで……?」
「はい。アサトっていうのはその時の名前なんですよ。俺も昔ひとりでフラッとここに来て、コウちゃんのインパクトにやられたクチです」
「ちょっとアサト、何よそのインパクトって」
 乙女相手に失礼しちゃうわ、と唇を突き出して見せるコウに一同揃って爆笑。きゃんきゃんと子犬がじゃれ合うように遣り合う安里を見ながら、渉は、そうか、と納得した。
 対峙するコウに闇は見えない。
 彼が心を許している相手だから。
「ささ、座って座って。今夜の特別メニューは凄いわよぉ」
 場を盛り上げることについては随一のコウが張り切って腕を捲る。「何でもゆって!」と豪語するのに安里が盛大な拍手を送る中、先輩カップルとの夜が和やかに幕を開けた。

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最初は安里達にだけ報告出来たらいいかなと思ってましたが、
ケジメ的にはカジーが先でしょ、と方向転換したら勢い余ってこんなことに。
「娘さんを僕にください」状態(笑)お父さんのお許しも出たみたいです。

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sign #24 に続く