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 2008年05月 

seasons #07 

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 台風の目は着実に周囲を巻き込みつつある。たとえば街の小さな花屋にも───。
 黄昏時は、これから出勤する水系の客が豪華な花束を買い求めるピーク。カサブランカの芳香に頭をクラクラさせながら飛び交う万札にももう慣れた。新宿という土地柄、更に東口から徒歩圏内という立地条件からも、ある程度の収入を見込んで店を構えている。忙しいということは、それなりに成果が出ている証拠である。
「やれやれ……」
 とはいうものの、ひとりで切り盛りするにも限界はあるわけで。なるべく客を待たせぬよう、表には出さないものの躍起になって枝葉と格闘すれば、「寡黙な店長さんて素敵だわー」などと妙な色目を使われる始末。担がれぬよう、乗せられれぬよう、より仏頂面に磨きが掛かる。普段あの手この手で客を持ち上げるか、もしくは調子に乗りやすい輩をコントロールするかに精神を磨り減らす者からすれば、安曇の態度はひどく新鮮なものらしく、逆に興味を引いているというのだから墓穴を掘るのもいいところである。
「かなんわ……」
 頭を左右に振り、今し方の忌まわしき遣り取りを払拭する。仕事が一段落したのをこれ幸いとコーヒーカップを片手に取ると、安曇は改めて花々を見遣った。
 花が好きで、それだけで始めた店。
 大型店舗やチェーン展開に属すのが嫌で、自分が欲しいと思えるものだけを最高の状態で扱いたくて、我が儘の塊のような経営をモットーとしていた。それは翻せば花に対する愛情の表れとも言える。拘りの仕入れはそこそこに赤字を覚悟したものだったが、ハイグレードなものを好む客層がそれを支えていた。───尤も、彼らが花に求めるものはご贔屓を喜ばせ、ライバルに差を付けるための見た目の豪華さ、それだけなのだけれど。
「……あ」
 唐突に、思い浮かんだ顔があった。あいつだけは真直ぐに花を見ていた。

 すいません。お花綺麗だなーって思って、つい……

 初めて話した時、彼はそう言ってカーネーションを指差したのだった。花の種類も名前もよく分からないと言いながら、それでも自分が仕入れた花を見て、綺麗だ、と言ってくれたことが素直に嬉しかった。
 だから饒舌になっていたのだろうかと、当時の自分を振り返って思う。だって普通、初対面に近い人間に両親のことなど話したりしない。元々人付き合いが得意ではない自分にとって、まさに予想外の打ち解けようだった。それぐらい、大野巧矢という青年は自分の中にスルリと入り込んできた。
 突然自分の前に現れて。あっという間に間合いを詰めて。なのにそれが存外嫌ではないのだから、自分もおかしなものだと頬杖を突く。
「……ヘンなヤツ」
 それ以来、配送がない時でもちょくちょく店に寄るようになった巧矢は、飾ってある花々を指さしてはトンチンカンな名前を言い当てるようになった。アリウムを見て「紫色のネギ坊主なんスか?」などと宣ったことを思い出し、店主は軽く溜息を吐く。
「なんなんや、あいつ。花とか全然知らんくせに……」
 とは言うものの最初の頃に比べれば幾分マシで、少なくとも彼が少しは勉強しているらしいことが分かるだけに安曇はその度にやんわりと訂正してやっている。
「ねー、安曇さん、これは?」
「グロリオサ」
「こっちは?」
「カラー」
「凄いッスね、何でも知ってる」
「当ったり前やろ。人を誰やと思てんねん。花屋に花聞いて知らんとか有り得へんし」
 そんなツッコミにも動じない配達員は呑気に「そうですよねぇ」などと相槌を打っている。
「お花買いに来た人からいろいろ相談されたりします? 贈り物とか」
「あぁ、記念日の花束とかな。……そういやこの前、品のいい老夫婦が来はってん。かわいい孫の成人祝いや言うから、なんかしたらな思てスイートピー奮発したった」
 得意気に言う傍ら、なんとか記憶の片隅に引っ掛かっていた花の写真を思い出す。
「……スイートピーって、あの、ヒラヒラしたヤツ?」
「花言葉が "門出" やから」
 思い掛けない言葉にキュンと胸が打ち抜かれた巧矢は一瞬で理性が砕け散った。
「は、花言葉スか! 乙女!」
「アホッ。こちとら商売じゃ。変な妄想すな」
「いやもう何から何まで安曇さんたら素敵……!」
 俺も覚えたい。ねぇねぇどうやったら花言葉分かるんスか。
 途端目をキラキラさせて縋り付く巧矢を何とか引き剥がしつつ、仕方なしにメモ用紙に書籍名を綴ってやる。走り書きを丁寧に折り畳んでポケットに仕舞った配達員は、実ににこにことしながら帰って行った。2日後には本を携えて。
「人というより大型犬やな」
 殊更人懐こいから困る。
 複雑な表情を浮かべつつ、安曇はコーヒーを飲み干した。

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昨日間違えて先の話をアップしたショックを未だに引きずっている上、
構成上それが今回の話のオチになっているという二重の落ち込み……。
いやホント、失礼しました……。明日は既知の話ですがお許しを<(_ _)>

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seasons #08 に続く