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 2008年06月 

seasons #45 

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 秋の初まりは静かに訪れた。
 あれ以来顔を出さなくなったドライバを思い、安曇は今日も鳴らない電話を放り投げる。配達はもう随分前から別の担当者が割り振られたようで、本格的に接点を失ったことを痛感した。
 最後に見たのは涙顔。
 あんなに混乱した巧矢を見るのは初めてだった。

 安曇さんに会えなくて寂しかった

 なんて率直な告白。だからこそそれが出来ない自分には重くのし掛かる。
 会えなくて寂しいなんて感情は子供の頃になくしてしまった。両親を揃って亡くしたあの夜、どれだけ泣いても戻らない人、返らない言葉があることを知った。それがずっと尾を引いているのかは分からないけれど、少なくとも今の自分は第三者の存在に依存して生きることは出来ない。また失くしたらと思うとそれだけが恐かった。
 なのに、あいつに会って、惹かれていって。マズイと警鐘を鳴らす第六勘に耳を貸さずその手を取ったのだけれど───こうして簡単に関係は崩れてしまう。そうしてまた、失くそうとしている。それがどんなに胸を抉る痛みか分かっているのに。もう二度と戻らないことがどんなことか、知っているのに。
「……嫌や……」
 口元を覆う。いなくなって初めて分かる巧矢の存在の大きさに動揺を隠し切れない。街のショーウィンドウ、映った自分の情けない顔に安曇は力任せに唇を噛んだ。
 どうしよう、どうすればいい。求めるのが恐い、失くすのが恐い。
 足早に行き交う人波の中、安曇は歩みを止めた。
「あ、……」
 視線の先。かわいらしいワンピースに身を包んだ女の子と巧矢が歩いているのを目にした瞬間、不安は焦燥に変わり一気に喉元を突いた。それがたとえ大学の同期で、出し忘れたレポートに必要な書籍を見繕ってもらっていた相手だとしても、蚊帳の外の安曇には分からない。現実は、楽しそうに肩を並べて歩いているふたりの姿、ただ、それだけ。
 くるりと踵を返すと路地裏に逃げ込む。コンクリートの壁に凭れ掛かると、そのままズルズルと膝を折った。
「かわいい子、やったなぁ……」
 まるで春の花のような。
「やっぱそれが普通やん」
 年上の男ではなく、守ってやりたくなるような女の子の隣。
「そうじゃなきゃ、家族は出来へん」
 あぁ、どんなに理屈を付けてみても。
「……かなんなぁ……胸痛ぅて、立たれへんやん…………」
 頬を伝う涙の熱さだけが、今唯一信じられるもの。

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こういう理由か、と書きながら自分で納得してました。
安曇ちゃんが殻を脱いでくれたらふたりは一歩進むのに。

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seasons #46 に続く

seasons #44 

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 ふたりが会えたのはそれから5日後のこと。
 もうどれくらい振りですかねぇなんて。熟年カップルでもあるまいしと心の中で溜息を吐きつつ、配達途中の巧矢は店の奥で頬杖を突く。方や花の世話に余念のない店主は呑気に、たぶん2週間ぐらいなんちゃう?と返す。
「……そうでしたっけ」
 本当は、1ヶ月以上時は流れていたから。上の空に返事をするしか出来なかった。
「なんや、元気ないやん」
「そんなことないッスよ」
 振り返ったあなたは、会えなかった寂しさは微塵も見せず。

 ねぇ、安曇さん、俺がいなくてもなんともなかった?

 喉元まで出掛かった言葉は勇気の無さに押し潰された。聞いてみたところで初めから期待する返事以外欲しくない。そんなことない、と否定してもらえなかったら立ち上がれない。
 折角無理矢理時間を割いて会いに来たというのに、これでは逆効果しか生まれないようで巧矢は焦っていた。事実、顔を出した後の安曇といえば、まるで昨日の今日のようにサラリとしたもので、今だって薔薇の水換えにバックヤードを忙しなく行き来している。自分の存在がまるで空気みたいだと思った。
 ───ダメだ、このままじゃ。
 小さな不安は時間と共に膨れ上がる。有ること無いこと想像しては全部悪い方に持って行く。キッカケがないなら作ればいいんだ。
 奥から戻った安曇を捕まえると、巧矢は徐に立ち上がった。
「ねぇ、安曇さん」
「……ん? どした、改まって」
「あのね、ちょっと聞いて欲しいことがあるんです」
「えぇよ。水換え終わったし、注文まとめながらでよければ」
「あの……」
 これまでであれば何気なく受け流せたであろう言葉が、なぜか心のささくれに引っ掛かる。
「出来たら、ちゃんと聞いて欲しいんです。いや別に、そんな凄いことじゃないんスけど」
「……どしたん?」
 下から見上げるつぶらな瞳に、巧矢はぎゅっと拳を握った。
「あのね、最近ずっとゆっくり会えなかったでしょう? だから、少し時間をもらえないかな、と思って」
「ん?」
「たまには、旅行でも行きませんか。1泊2日とかでいいんです。場所も、どこでも。安曇さんと一緒にどっか行きたい」
 心の中のドロドロした感情をすべて押し込めて、なるべく上辺だけを掬い取った。それが巧矢に出来る精一杯だった。けれど。
「……それは、あかんわ」
「なんで?」
 ゆるく首を振られた瞬間、胸に突き刺さる深い楔。
「花が萎れてまう」
「そ、んな……」
 振り返った彼の目線の先にあるもの、それにさえ掻き乱される。
「じゃあ遅く出て、早く帰って来れば。定休日に合わせます。大学だって1日休んだぐらい大丈夫ですから。ね?」
「そう、言うてくれるのんは嬉しいけど……やっぱあかん。注文してくれたお客さん達待たせるんも、こいつらケアしてやれないのも、俺にとっては許されんことや」
 追い縋る提案を一蹴し、キッパリと言い切った瞳。
 あぁ、プロ意識に徹する姿にかつて想いを寄せたくせに、こんな時には歯軋りするほど疎ましい。どれだけ言葉を尽くしてみても決して優先度を落とさない安曇に、巧矢は己のリミットが崩壊する音を聞いた。
 結局。
 自分は二の次なのだ。彼には花があればそれでいいのだ。どんなにワガママを言っているか分かってる。でも、それでも、会えなくて寂しかったと言ってくれたらこんな気持ちにはならなかったのに。
「俺……安曇さんに会えなくて寂しかった」
「……巧矢?」
 絞り出した声、動機だけが早くなってゆく。
「安曇さんと会えない時間を埋めたかった。もっと一緒にいたいと思ってた」
 何もかもじゃなくていい。ほんのひとかけらでいい。少しずつ相手を知って、自分を知ってもらって、いつかもっと近付きたいと、そう願っていた。
「だけど……そう思うのは、俺だけなんだね」
「ちょ、おまえ……何言うて……」
 戸惑った表情にハッとする。自暴自棄をこの人に押し付けようとしている自分に気付き、巧矢は力任せに拳を握った。
「……ごめん。俺凄い嫌なヤツだ。こんなこと言うつもりじゃなかったのに」
「巧矢、落ち着けって」
「安曇さん……好き。大好き。好き過ぎてもうどうしていいのか分かんないよ」
「巧矢」
「ごめんなさい」
「……巧矢っ」
 混乱したまま、表に飛び出す。追い掛ける声を振り切るために走った。走った。走り続けた。
 そこに残るのは、後悔だけ。

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あああ…(涙)この回、プロットして分かってても書くの嫌でした……。
いつもハイテンションで押しまくる巧矢も、好きだから不安になるんです。

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seasons #45 に続く

seasons #43 

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 暑い夏は花火の残り香を残して終わろうとしていた。
 そういえば今年は海にも行かなかったっけ、とぼんやり思い出しながら巧矢はハンドルに身を凭せ掛ける。今頃は安曇さんと楽しくお喋りしてるはずなのに、と時計の針に目を遣りつつ、けれど現在地は新宿の西の外れ───そう、本来東エリアを担当している巧矢は今、ピンチヒッターという名の便利屋としてなぜか駅を挟んだ反対側でせっせと荷物を運んでいるのだ。
「最初は数日とか言ったくせに……」
 社長の顔を思い出して愚痴ってみたところで事態は何ひとつ変わらない。もうかれこれ1ヶ月近く擦れ違いの生活を続けていた巧矢にとって、そろそろ我慢も限界である。今日こそ会いに行こうと仕事を切り上げ、いそいそ詰め所に戻ってようやく、
「あ、今日って seasons の定休日じゃん……」
 痛恨ミスにガックリ肩を落とす。もう涙も出ないとばかり撃沈する後輩を励まそうと髪を掻き回したのは、誰あろう先輩の谷野であった。
「どうしたー? 元気ないじゃん」
「谷野さん……」
 うわーん、と泣きながら縋り付くと、大型犬の扱いが上手い谷野がさり気なくパイプ椅子を勧めてくれる。軋む古い椅子にふたり並んで腰掛けつつ、巧矢はゆっくりと事の顛末を説明した。
 無論、掻い摘んで喋るなどという器用な真似は出来るはずもなく、あちこち脱線しては急に本題に戻るという実に全体を把握し難い話し方ではあったものの、一条といい谷野といい、まるですべてお見通しのように察してくれるからさすが以外の言葉がない。
「そっか。折角上手くいってたのにな」
「喧嘩したワケでもないのにこの状況ってちょっとあんまりだと思いません?」
 まーなぁ、と髪を掻き上げつつ、谷野は胸ポケットから取り出した煙草に火を点ける。
「手っ取り早く電話でもすればいいのに」
「いやー、あっちが店閉めんの遅いですし。そっから帰って、飯作ってるところに掛けるのも悪いかなって……」
「じゃあ掛けてもらえば?」
「それはちょっと……」
 どうしても気が引ける。特に用事があるわけでも、伝えたいことがあるわけでもない。声が聞きたいから、そんな理由で安曇を引っ張り回すようで悪いと思った。
「休みの日は合わないの?」
「基本的に向こう平日お休みなんですよ。俺は大学ですけど……」
「メールとか」
「面倒くさがり相手なので……」
「もー。どんだけ放置プレイだよっ」
「ややや谷野さん!?」
 際どいセリフに一瞬ギョッとする。
「おまえがそんだけ気にしてんのに、相手は何もないわけ? それってちょっとひどくない? ていうかなに、愛情表現に物凄い抵抗があんの? それとも単に愛情が薄いとか?」
「うぅ、次々胸に刺さる言葉……」
 痛いと感じるのは言葉のせいか、それとも核心を突くからか。
「会いたい時にいつでも会えるクラスメイトじゃないんだからさ。ましてや全然別の生活してんじゃん。お互いが努力しないと続くモンも続かないよ」
「えぇ……分かってますよ……」
 それはもう、痛いほど。
 自分の努力が足りないのかも知れない。相手の努力が足りないのかもしれない。それを相手に聞くことが出来ない。求めることが出来ない。これ以上傲慢になっていいのか本当は自信がなかった。
 だって、あの人の隣が許されるだけで自分にとっては奇跡なのだ。ましてや好きになってもらえたなんて、夢がいつ覚めるか考えただけで恐くなる。信じていないわけじゃないけれど、正直、諸手を挙げて心配無用と言い切るにはひどく不安定な状態であることもまた自覚していた。
「……たくちゃんでも、そんな顔すんだね」
「しますよ……。てか、初めてしたんスけどね」
「なかなかいいよ。苦み走った男の顔」
「それ褒めてんスかー?」
 眉を下げて苦笑して。だがその反面、これまで見て見ぬ振りをしてきた己の内面に向き合い、戸惑いを覚えているのが手に取るように分かるから、谷野は最後の助言を授けた。
「キッカケがないと変われないなら、無理矢理作るってのもアリだと思うよ」
「キッカケ……」
 口の中で反芻する傍ら、よいしょ、と掛け声付きで立ち上がる人。仕事あるから先行くわ、と言い置いて出て行く後ろ姿を見送りながら、礼を言うことも忘れて巧矢は一心に考えていた。

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ラブラブ期の予期せぬ擦れ違いにさすがのワンコも凹みつつある模様。
さて、嵐の予感です。

こんなトコでなんですが、66666hit over ありがとうございました!
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seasons #44 に続く