Monthly archives

 2008年06月 

seasons #26 

←前話へ

 数日ぶりに訪れた seasons。
 ここはいつもいい香りがするなぁとうっとりしつつ、ついでに安曇さんみたいだなぁなんて余計な妄想も掻き立てつつ、配達員は先程から店先で二の足を踏んでいる。
 キスの一件以来、巧矢のシフトと店の営業日がアンラッキーに噛み合わず、折角配達の帰りに寄り道出来るルートだったとしても他の配達予定が詰まっていたりして、ふたりが顔を合わせるのはあれから実に4日目の今日。早い話が照れくさいのであった。
 ビデオテープだったらとっくに擦れて伸び切っているに違いない、という頻度でキスシーンを脳内再生し続けていたこの数日間、今やそれは多大なる尾鰭を付けて一人歩きの真っ最中。あんなこともこんなこともしてみたいしされてみたい、なんて真っ昼間では口にするのも憚られるようなネタを仕込むことに熱中していた者としては、生身の安曇に会うことが既に罪悪感すら伴っている。……どれだけ凄い妄想かは巧矢が21歳の健康な男子という事実から推して知るべし、である。
 さてどうしたものか、と手元の荷物に視線を落としながら巧矢はもう何度目かも分からない百面相に精を出し始めた。目が合ったら赤面しない自信がない、と自分への言い訳を盾に取りつつ、もうちょっと、あとちょっとと逡巡する時間を稼ぐ。それがとっくの昔に相手に知られているなど微塵も気付くことはない。
「……何してんねん、あいつ」
 コの字型にカーブしている店の奥、花を生けるガラスポットを磨きながら安曇は首を捻っていた。
 バックヤードを客に見せない造りになっている店の構造上、奥にいる時でも来客に気付けるようにと小さな鏡を取り付けてある。それを見上げながら、見知った相手がかれこれもう10分も店先でウロウロと行き場をなくしている理由に、店主は笑みを禁じ得ない。
「かわいいやっちゃなー。なんで今更照れんねん」
 困った顔は本当に大型犬そのもので、しゅんと垂れ下がった耳まで見える気がする。
「おもろいから少し見てよ」
 ここが安曇のSたる由縁。すぐには手を差し伸べないのがモットーである。
 だが、そうして巧矢に注がれる眼差しはひどく穏やかなもので、ポットを磨いていた手はとっくに止まり、彼を見ることだけに全身が集中している事実に気付いていない。
「あ、アホ。帰りなや」
 とうとう諦め駆けて踵を返そうとしたところで立ち上がる。
「……ったく、世話の焼ける犬やな」
 そうして合計たっぷり15分は掛かっただろうか、さもディスプレイを整えに来た風を装って外に出た安曇の顔を見た瞬間、それまでの迷いを吹っ切るように満面の笑みで巧矢が駆け寄って来た。
「安曇さん!」
「アホ。店の前で大声で呼ぶな」
「……へへ。やっぱ会えると嬉しいッスね」
 実はちょっと困ってたんです、と恥ずかしそうに付け加えるのを見、なぜか胸に広がる甘やかな疼きに安曇は言葉を失ってしまう。
「身体、もう大丈夫ですか」
「あ、あぁ。お陰さんで」
「よかった。また具合悪くなったらいつでも電話してくださいね。駆け付けますから」
 そうしてにっこり笑って見せた顔、覗く白い前歯が眩しい。
 実際問題として───と、本人目の前にして店主はトリップに突入する。
 純粋な話、巧矢はカッコイイ、と安曇は思う。よく焼けた肌は健康的な印象で、すらりとした長身、太い腕、厚い胸板。よく笑い、よく食べ、何事にも真直ぐに向き合う。言ってみれば優良男児、身も心も健康そのもののイメージだ。
 それが、を思ったか自分を好きなのだという。こうしてほんのちょっと自分を見ただけで破顔するリアクションというのは正直悪い気はしなかった。
「……さん、安曇さん?」
 不意に黙ってしまった相手に不安が募ったのだろう、小首を傾げ名を呼ぶワンコに対し、飼い主はニッと口端を持ち上げる。所謂策士の顔である。
「ところでさ、おまえ、あの後熱とか出んかった? うつしたか思て心配しててん」
「え? 俺? 俺は何ともないッスよ。なんでうつしたって……」
 思い巡らし、その原因に辿り着いた巧矢はそれは見事に朱を上らせた。
「あんだけキスしたら、そりゃあなぁ……」
「あ、あの、えーと、その、ごめんなさい……?」
「なんで謝んねん。後悔してるんか?」
「ままままさか! そんなこと! とんでもないっ!!!」
 思い切り前傾姿勢で否定してくるのが可笑しくて、安曇は思わず吹き出した。その素直さたるやギネスブック級だ。
「……巧矢、落ち着け。キスしただけで熱はうつらん」
「へ……!?」
 くすくす笑いを噛み殺しつつ、ぱか、と口を開けた相手を見上げる。みるみるうちにしてやられた、という表情に変わったそれは、自分が好きなもののひとつ。
「安曇さんの意地悪ー!」
「えぇやん。おまえって妙に弄りたくなんねん」
 大きく仰け反るのを宥めつつ、取り敢えず店の中に荷物を運ばせつつ、安曇は更に笑みを濃くしてゆく。

 やって、好きなヤツは揶揄いたくなんのが男やん?

 だけどそれはまだ、巧矢には秘密。
----------
ワンコが飼い主に遊んでもらっている図。楽しそうですね(安曇ちゃんが)
意地悪なのは愛情の裏返しなんですよ。小学生みたいだけど(笑)

お気に召しましたら「BL小説」バナーをクリックしていただけると嬉しいです♪↓

seasons #27 に続く