seasons #28
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それはほんの小さなキッカケ。日常に埋もれてしまうはずだった些細なこと。
朝イチの電話は得意先からの急な注文だった。
電話を肩に挟み、手近なメモにペンを走らせながら、安曇は頭の中で在庫と梱包資材の残量を推し量る。ギリギリか、少し足りない。フラワーアレンジメントだけなら何とかなるが、それを入れるためのクリアケースが1つしかなかった。
しかし、自分の腕を見込んでもらっている手前「何とかします」と言い切るしかない。オフフックで即座に携帯を鳴らした相手は、この熱さをものともせず、あちこちを駆けずり回っているであろうドライバーである。
「もしもし、巧矢」
「あ、安曇さんから電話だ! へへ、嬉しいなー。どしたんスか」
尻尾を振っている様が目に浮かぶ声。諸手を挙げて喜んでいるであろう相手についつい苦笑を浮かべつつ、流されそうになる自分を立て直す。今は仕事最優先なのだ。
「今日荷物あるやん。それな、ちょい急ぎやねん」
補充用にと予め注文しておいたクリアケース。
普段なら配達区域の関係で昼過ぎから夕方頃に回るはずだが、イレギュラーな注文にそれは待っていられない。
「すまんけど、昼までにもらわれへん?」
「あー、そッスね……。今結構遠くにいるんで、12時半なら何とかいけますね」
「あぁ、えぇよ。助かるわ。おおきに」
「はーい。そんじゃ、また後で」
配達員が顔見知りでよかったとこの時ほど思ったことはない。しかも安曇至上主義者の巧矢のこと、万難排して善処してくるであろう。よし、とひとつ頷いて安曇は携帯を見下ろした。
そんな何気ない会話を交わしたのが2時間前。
約束の時間を過ぎ、13時を過ぎ───それでも巧矢は表れない。交通事情で遅れが出るならどこか途中で連絡して来そうなものだし、店主たっての頼みを前に他を優先させるとも思えない。万一どこかの客とのトラブル中だったら悪いなと遠慮していた安曇だったが、さすがに痺れを切らして掛けてみた携帯は、何度掛けても繋がることがなかった。
「嘘やろ……」
留守番電話サービスセンターのアナウンスを相手に独白し、嫌な予感が込み上げる。
単に遅れているだけならいい。道を間違えたでも、携帯の電源が切れたでも、この際許す。そう思ってしまえるのは、恐らく第六感が不安を感じているからだろう。そしてそれは、巧矢と同じ制服を着た見知らぬ人物の登場によって裏付けられる。顔が強張るのが自分でも分かった。
「遅くなって大変申し訳ありません」
開口一番の詫びにまるで反応が返せないでいる店主に対し、ピンチヒッターとして駆け付けた谷野は静かに口を開いた。
「いつもこちらには大野がお伺いしていたかと思いますが、先程配達途中に怪我をしたとの連絡がありまして……」
「……え?」
目の前が真っ暗になる。
「今、病院に搬送されています」
焦りだけがじわりと滲む。
「朝方までの雨で足下が濡れていたようなんです。滑った際、荷物を抱き込んだ格好で階段から落ちたらしくて、その際かなりの打ち身をしたと……」
多少切ったようです、と付け加えた仕草がこめかみを指しているのを見、安曇はショックで瞠目した。
どれだけの怪我か。どれほどの出血か。彼は無事なのか。意識はあるのか。
上手く言葉が紡げない。なにひとつ問うことが出来ない。
そんな相手を追い立てるでなく、谷野は敢えて淡々とした口調で携えた荷物を差し出した。
「大野から託かりました」
「これ……」
手渡されたのは朝頼んだ自分の荷物。
「どうしてもあなたに届けるようにと」
あぁ、なんて、なんてこと───。
配達途中のトラブル時、己の身を盾にして守ってくれたというのか。そればかりでなく、自分が病院に運ばれるという異例の事態に陥ったというのに、代理を立ててまであんな些細な約束を守ろうとしてくれるのか。
彼の優しさに胸が詰まると共に、諸悪の根源は自分が無茶な頼みをしたせいではないのかと思えてくる。自責の念に唇を引き結び、必死に堪えながら、安曇は静かに口を開いた。
「お願いします。───病院を、教えてください」
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これまでのお気楽内容はどこへやら、ちょっと心臓に悪い展開ですが、
悲しいことにはなりませんので引き続きお付き合よろしくです<(_ _)>
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seasons #29 に続く
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