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 2008年06月 

seasons #29 

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 財布と携帯をポケットに押し込むと、切り花もそのままに安曇は表へ駆け出した。
 教えてもらったのはここから程近い総合病院。
 強引な手段で道の反対側を走るタクシーを捕まえ、法規制など端から無視したスピードを強いて辿り着いた玄関先。千円札を数枚握らせると呼び止める声も聞かず自動ドアを潜って行く。ナースステーションをたらい回しにされ、歯噛みしたいのを懸命に堪えてようやく辿り着いた個室では、ひととおりの処置を終えたであろう巧矢がベッドに腰掛けて外を見ていた。
「巧矢……!」
 息咳き切って駆け込んだ時には呼吸すら苦しくなるほど。
「あずみ、さん……?」
 驚き顔を上げた姿、だが頭に巻かれた真っ白な包帯が痛々しくて思わず奥歯を噛み締める。けれど無事で、意識があって、自分を見付けた途端満面の笑みを作る様を目にするうちに、安曇は視界が曇るのを感じていた。
「……っ」
 よかった、という言葉は胸につかえて出て来なかった。代わりに堪え切れないほどの涙が止めどなく溢れ落ちる。
「ごめん、俺が、……俺が急がしたから……」
 もはや身動ぎもせず、ドアの前に立ち尽くしたまま詫びる。気配で巧矢が立ち上がったのは分かったが、顔を上げることすら出来なかった。
「安曇さんのせいじゃないッスよ」
 そっと歩み寄り、正面に立つ。覗き込むように顔を傾げるのだけれど、真下に向いた安曇の表情は見えないまま。
「ごめん巧矢……ほんま、ごめん……」
「顔上げて? ね、ホントに安曇さんが悪いんじゃないから」
 俺がおっちょこちょいだからだしさ、なんて。
「それに大した怪我もしてないし」
「嘘つけ……包帯巻いてるくせして……」
「あー、俺ね、昔から石頭なんスよ。オヤジがゲンコツで殴るたびに文句言ってましたから」
 ちょっと切っただけだから大丈夫と付け加える。
「それにさ、包帯とか巻いてると、ちょっとカッコよく見えたりするでしょ?」
「アホ」
「それで安曇さんがうっかり俺に惚れてくれたら嬉しいなーなんて思ってんですけど」
「それこそアホや」
 涙でぐちゃぐちゃの頬もそのままに顔を上げて。
 目尻を拭ってくれる優しい指先にまた新たな涙を滲ませて。
「……よかった…………」
 目を合わせた途端、それまで堪えていたものが一気に溢れ出すように安曇は嗚咽を漏らした。抱き寄せるとしがみつくように胸に納まる。震える肩、指先の力に、背負っていた不安の大きさを知った。
「……俺こそごめんなさい。心配掛けて」
 胸に押し付けるように左右に首が振られる。
「荷物も遅くなっちゃって……。あ、谷野さん届けてくれました?」
「受け取った」
 辛うじて返るくぐもった声。未だ嗚咽の収まらない背中を、巧矢は大切な宝物のようにさすり続ける。
「そか。よかった。……谷野さんてね、この前安曇さんが熱出した時にも配達代わってもらった先輩なんスよ」
 今度何か恩返ししないとねー、なんてのんびりした声で、彼の心拍数が穏やかになるのを感じつつ。
「もうひとり先輩がいて……一条さん、覚えてます? 最初に挨拶に行った時に安曇さんと話してた。彼もいい人でね、いろいろ話聞いてもらったりしてたんですよ、実は」
 口喧しいけど根はいい人なんです、なんて本人前にして言ったらたぶんダブルの意味で怒られそうですけど。
 戯けた口調で付け足すと、小さく笑う声が聞こえた。
 ───あと少し。もう少し。
 ゆっくり背中を撫でながら、巧矢は忠犬の如く安曇が落ち着くのをじっと待つ。腕にすっぽり収まる華奢な肩、その香りごと胸に抱き込み、眩暈がするほどの幸せを感じて。

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巧矢、怪我させちゃってゴメンよー。
でも色黒の男が包帯を頭に巻くのはイイと思うわー!(←精一杯のフォロー)
それと、こんなところでなんですが、60000hit ありがとうございます!

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seasons #30 に続く